第178話 虎さんとの交流

 翌朝早速、一族が集められた。


 三百頭のサーベルタイガーって、間近で見ると壮観なの。魔力の見えない私にも、ひしひしと「何か」の圧力が伝わってくる感じ。


(一族の諸君。今日は私の決断を皆に伝えたい)


 そうして、ヴィオラさんの演説と表現していいのか、一族に語り掛ける念話が始まった。前族長父子の犠牲で救われた過去から説き起こし、再び来たりしアルテラの脅威を訴える……そして戦えば一族に未来はないであろうことも。そして本題、隣国バイエルンに佳き森あり、挙げてその森で新しい暮らしを築こうと。


 じっと聞いている虎さんたちに、反発は見られない。アルテラの強さを知らない者はおらず、そしてみんなが、ヴィオラさんに絶対の信頼を置いていることがわかる。だけど、みんな新しい森での生活が心配みたい、不安がその虎顔に現れている。


 ヴィオラさんに目配せすると、彼女がゆっくりとうなずく。


(それでは、この娘の話を聞いてもらおう)


「は、初めましてっ! バイエルンから来ました、ロッテと申します!」


 念話だから声を出す必要はないのだけれど、ビアンカやクララにわかりやすいように大きな声で……と思っていたら、いきなり噛んでしまった。真面目にやらないと。


「アルテラとの国境に近いシュトローブルという土地で、総督をやっています。私は皆さんにそこに移住して頂いて、人との協力関係を築きたいと思っています」


 あとは昨晩話したことと同じ流れで、競争相手となる先住魔獣がいないこと、森がとても豊かなことを説いていく。そして共通の敵アルテラに対し、人間と手を携えて戦ってほしいことも。


 虎さんたちの表情に納得の色が徐々に浮かんできた、うん、まずは安心ね。


 だけど不安が去ると、彼らはなぜか私に興味を示して来たようだった。


(あの娘さん、私たちと意志を通じることができるんだねえ!)

(それに見ろ、あの紫色したオーラの美味しそうなこと、ちょっとだけ触ってほしいな)

(獣人をあんなに従えて……あの立派なサーベルタイガーも、娘さんの連れか?)

(妙な杖を持ってるけど……すごい力を感じるなあ)


 なんとなく好意的な感じだからいいけど、こんなガヤガヤしてたら、叱られないかな?


(( お前たちっ! 話を、きけっ!! ))


 思った通りだった。怒気を含んだヴィオラさんの念話があたり一帯に響き渡り、虎さんたちは一斉に首をすくめた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 そんなこんなで満場一致、一族あげてのシュトローブル移住が、あっさり決まった。


 ヴィオラさんと幹部の虎さんがさっそく手筈を洞穴の中で打合せしている。これだけの大集団だから、移動するにも準備が必要だよね。まあ人間と違って、引っ越し荷物なんかはないからいいのでしょうけれど。


 偉い虎さんたちが引っ込んだとたん、私たちは残った虎さんにわあっと取り囲まれた。特に私は、紫の魔力に興味津々の虎さんにスキンシップを要求され、もうもみくちゃ。十数頭のもふもふにはさまれて柔らかな毛皮にすりすりする経験は、なかなか得難いものだったわ。ああ、今はバイエルンにいる、もふもふ同好会のマーレ姉様やティアナ様に、この感動を伝えたい。おかげでルルが居場所を失ってちょっとご機嫌斜めだから、夜になったら埋め合わせに甘やかしてあげるつもり。


 そしてビアンカも大人気。なんたってさっきの集会で、彼女がヴィオラさんの娘であることが発表されたのだから。みんなの敬愛する族長の子で、こんなにほんわか可愛い虎耳娘だよ、当然若い虎さん中心にアプローチされるのだけれど、残念ながら言葉が通じない。しばらく迷っていた彼女だけど、いきなりえいっと服を脱ぎ捨てて、すうっと獣化。たちまち元気な虎さんとわいわいがやがやと和んでいる。


 ヴィクトルは遠く離れてはいるけれどデブレツェンより二回りくらい大きな群れの族長後継者だ。最初はちょっと遠慮がちに、だけど徐々に好奇心に耐えきれずって感じで若い雄虎が近づいて、交流が始まる。普段はヴィクトルと私としか会話しない「しゃべる魔剣」グルヴェイグも、なぜか虎さんたちには気を許して、なんだかんだと口をはさんでは彼らを驚かせているみたい。


 異種族だけど念話が通じるカミルは、好奇心の強い虎さんたちにせがまれ、火竜に変化して見せたりしている。驚いて気を失う雌虎さんがいたのは想定外だったけど、仲が悪いはずの竜族にもこんなにオープンに絡むなんて、どうもこの森のサーベルタイガー達は、ヴィクトルのいた一族よりも気安いというかなんていうか「ゆるい」感じ。ヴィオラさんがさっさとアルテラとの紛争をあきらめて移住を決めたのも、この辺も考慮されていたようね。


 念話も通じないし種族もまったく違うクララはぼっちなのかと思ったら、意外にも小虎ちゃんたちに絡まれていた。そうだよ、彼女はとっても情が深くて優しい子。大人は彼女の冷たい外見にだまされちゃうのだけど、子供にはわかっちゃうんだよね。彼女もしばらくは人型で小虎たちをなでなでしてたけど、やっぱりもどかしさに我慢できなかったみたいでちゃちゃっと獣化して、なにやらペロペロなめ合ったりしながら交流中だ。ネコ科は苦手とか言ってたのに、すっかりデレちゃってるわ。


 うん、結構私たち、うまくやれるんじゃないかな?

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