第177話 まとめて引き受けちゃうぞ!

 ため息をつきながら語り終えたヴィオラさんは、少し肩を落とす。


「もはや選択肢は二つ、森の王者である誇りを胸に彼らの群れに飛び込み、玉砕するか。でなければ一族あげてこの森を逃げ出すか」


「戦って勝つ可能性は、あるのですかお母さん?」


 ビアンカの問いに首を横に振るヴィオラさん。


「ないね。人間たちは賢いよ。私たちの戦い方なんて、もう読まれているだろうね。前回は通用した必殺の業だって、敵が適度に分散して攻めてきたら、ろくな被害を与えることもできない。あとは鋼の鎧を着た連中に蹂躙されるだけだね」


「では、新天地を求めるしか、ないのでは?」


 ビアンカも必死で訴える。こんな思いをしてやっと再会したお母さんがいきなり戦死では、切なすぎるよね。


「そうだよね、それがいいって、わかってはいるんだ……だけどそれも難しいんだよ、ビアンカ。私達の群れは討ち減らされたとはいえ、まだ三百頭以上いるんだ。こんな大勢を養えるような豊かな森に、先客がいないわけはないよ。アルテラとの戦いを避けても、先住の魔獣と戦うことになるだろうからね」


「お母さん……死んではいやです」


 碧の瞳から、透明な雫をあふれさせながら、ビアンカが母の手を握りこむ。優しく眼を細めながらも、悟ったような諦めたような風情で、彼女の訴えに答えることをしないヴィオラさん。


 う~ん、なんかとっても悲しい感じのシーンだけど、この問題って結構簡単に解決できるんじゃ、ないのかな? そう思ってヴィクトルに眼を向けると、金色の瞳で優しく見つめ返された。うん、彼も私の考えていることが、わかったみたいだ。


「あの……ちょっとだけ提案があるのですが」


◇◇◇◇◇◇◇◇


「……と、いうのはどうでしょう?」


 短く説明した私に、ちょっとあきれ顔のヴィオラさん。


「ねえロッテちゃん、サーベルタイガー三百頭だよ! そんなのが引っ越せる豊かな森が、あるっていうの?」


「ありますよ? 一族みんなで、バイエルン王国のシュトローブルに行きませんか?」


「そこには私たちみたいな、上位魔獣はいないの?」


「いませんね。なので妖魔が湧きすぎて困っているくらいで、むしろさくさく狩って食べちゃって欲しいというかですね」


 ヴィオラさんは考え込んでしまった。その表情から私の提案にかなり魅力を感じてくれていることがわかる。そして、傍らのビアンカに至っては、その瞳を輝かせている。


「お母さん、ロッテお姉さんの言う通りにしましょう! 私もよく森で狩りをしますけど、妖魔も獣もいっぱいいて、おなかがすくなんてことないんですっ! そして私もシュトローブルにいるのですから、いつでも会えるんです、ねえお願い、お母さん!」


「あ、ああ……ビアンカの近くに住めるとしたら嬉しいんだけど……人間の住民と争いになるんじゃないのかな? 領内の森に突然サーベルタイガーが群れをつくったら、領主は当然討伐軍を向けてくるでしょう?」


「はい? ああ、領主ですね。領主は、いうなれば私ですので」


「はあっ??」


 そうか、説明をすっ飛ばしすぎた。私は急いで、シュトローブルは王室直轄領であり、聖女絡みのあれこれのおかげで自分がその総督に任じられていることを説明した。ヴィオラさんの眼が丸くなる。


「ロッテちゃんは、領主様なの?」


「まあ正確にいうと違いますけれど、そのようなものですね。ですから、私がいいと言えば、領内の広大な森で狩りをすることは、まったく問題ないと思うんですけど」


 いよいよ、ヴィオラさんが真剣に考えこみ始めた。そうだ、まだ若いであろうこの女性が、三百以上の一族を統べ、その未来を背負っているんだ。相談する相手もなく、一人で考え、一人で決断して……強い女性なんだよね、私だったら耐えられない。


 彼女が上げた視線がさまよい、やがてヴィクトルのところで止まる。


「ヴィクトル殿……私はロッテちゃんの誘いにとても惹かれている。同じサーベルタイガーを統べる者として、貴方の意見を聞きたいわ」


「俺は、ロッテの言う通りにすべきだと思う。シュトローブルの森は豊かだし、周辺住民は魔獣や獣人にそれほど忌避感がないようだ。ロッテが総督をやっているうちに、森での暮らしを君たちの既得権として人間に認めさせるのがいいんじゃないかな。但し、あそこはアルテラと国境を接している。アルテラ軍がバイエルンに侵攻してきた時には、人間の軍隊と協力して戦ってもらう必要があると思う」


 やっぱりヴィクトルの助言が一番効くわよね。ヴィクトルは上手に私の後押しをしてくれて、その上私が言いにくかった軍事貢献の件も、ズバリと言ってくれた。さすがだわ。


 そうなのよ、こんなに大きなサーベルタイガーの群れが国境地帯にいてくれたら、国防面で素晴らしい遊軍になりうると考えちゃった不純な私がいるのだ。どうも最近いろんな悪巧みに対抗しているうちに、私の思考も結構黒くなってきちゃった感じなのよね。クリストフ父様に染まったわけではないと……信じたい。


「ふむ、我々がいることで人間にも軍事面でメリットがあるというわけか。それは実によく理解できるな。単なる厚意よりも、信頼できる……うん、決めた。我が一族はシュトローブルに移住しよう。明日一族を招集して最終決定するが、私の決断に背く者はいないと思う」


「お、お母さんっ!」


 ビアンカがヴィオラさんの首に飛びついて、いきなりわんわん声をあげて泣き始めた。やっぱり、お母さんと別れる辛さを押し殺してたんだね。ヴィオラさんがその背中を、ぽんぽん優しく叩いてあげてる。


 泣き虫な私も、結局もらい泣きしてしまったわけなんだけど。


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