第168話 獣人さんたちの決心

 村長さん一家があんぐり口をあいて、長い沈黙が訪れる。


 ちょっと話の切り出し方を、誤ってしまったかしら。


「君は、聖女のはずじゃなかったのか?」


 やがて我に返ったフェレンツさんが、いぶかしげに問うてくる。まあ、聖女って聞いたら世俗的な権威とはまったく縁がない、清廉なイメージよね、領主だとか総督だとか生臭い権力を持った官職とは、普通つながんないわよね。


「まあ、そうですね。ロワールでは『異端の聖女』、バイエルンでは『献身の聖女』とか呼ばれていますが、とりあえず聖女と呼ばれていることは、間違いありませんよ?」 


 そんなわけで、私たちがたどってきた道のりを、村長さん一家にざくっと説明する。


 ロワールで異端の罪を着せられ、聖女の称号剥奪、婚約破棄の上追放されたこと。

 旅の途中でビアンカやカミルを拾ったり、ヴィクトルに出会ったりしたこと。

 子爵領でのいざこざや、迷宮の溢れをしのいで、ようやくバイエルンに逃げてきたこと。

 そしてルルや、マーレ姉様との出会い。

 シュトローブル近郊に住み着いて、結果的に二回もアルテラ軍を撃退しちゃったこと。

 そしていろいろあって王都に逃げたら、侯爵家の養女になってしまったこと。

 成り行きで王室も絡んだ不正を解決することになっちゃって、気が付いたら腹黒のクリストフ父様や国王陛下にハメられ、シュトローブルの総督に任じられてしまったこと。

 だけどその前にどうしてもデブレツェンの森でサーベルタイガーと会って、ビアンカのお母さんに関する情報を集めたいから、ここに来たこと。などなど。


「いやはや……お客人は、儂らの人生何回分ほどの濃い経験を、この一年でしてこられたのだな」


「本当ね。でも素敵だわ……」


 お願いジェシカさん、そんなキラキラした、女神でも拝むような眼で私を見つめるのはやめて欲しい。これでも私は、普通の人間なんだけど。


(ママが「普通の人」というところには、かなりムリがあると思うよっ!)


 厳しいルルの突っ込みが入る。う~ん、どうも最近、カミルあたりの影響なのか、純真だったはずのルルまで私をディスるようになってきたんだけど。教育環境が良くなかったのかしら? いやいや、今はそういうこと考えるときじゃない。


「そんなわけでですね、私はシュトローブル地域に関して、王室から統治を一任されているわけなのですよ。ですから皆さんが引っ越してこられる許可は、私が出せばいいのです」


「村人たちが暮らす土地は、どう工面するつもりなのだ?」


「ええ、そこが問題ですよね、村長さん。残念ながら平坦で開けた土地はもう先住の方で埋まっちゃってますので、新たに開拓をお願いするしかないと考えています。幸いなことにというか、シュトローブル領はアルテラまで続く無主の森がえんえん拡がっていますので、そこを切り拓くことに関しては、まったく問題ないかと」


「ゼロから開拓するのか? 収穫を得られるまでに、二年はかかるぞ。その間、村人が飢えてしまう」


「そうですね。ですからそこは領から食料や物資、その他資金などを援助させて頂こうかと考えています。立派な開拓村ができて領の人口が増えることは治安維持にも交易にも有利になりますから、長期的には領の利益になりますし。そうそう、先日バイエルン王室から私個人にたっぷりとご褒美を頂いていますから、そのおカネも供出いたしますわ」


「うむ……冒険的だが、魅力ある提案だ。しかし……」 


 村長さんは、考え込んでいる。そうね、そんなに簡単に決められるわけ、ないわよね。せっかく拓いたこの土地を離れたくない人は多いだろう、それにダンテ派がどう動くかも心配になるよね。


 その時、すっくとフェレンツさんが立ち上がった。レイモンド姉様みたいに豪奢な色濃い金髪がわずかに揺れ、鳶色の瞳には強い意志が宿っている。


「親父、俺はこの人……聖女ロッテについていくぞ。ここにずっととどまってもアルテラの連中に奴隷扱いされるだけで、村の未来はない。バイエルンにも獣人差別はもちろんあるだろうが、この聖女が治める土地ならば、きっとましなはずだ。ここを離れたくない村人も多いと思うが、若い獣人たちはアルテラに従いたくない奴ばかりだ。俺はそれを率いて、バイエルンへ……シュトローブルへ行く」


 それを聞いた村長さんの眉から、憂いの色が消えたように見えた。まっすぐ自分の息子と視線を合わせ、力を取り戻した声色で告げる。


「む……フェレンツ、お前は……若く未熟とばかり思っていたが、いつのまにやら立派な男になったのだな。よし、儂は村長を退いてお前に譲る。お前は新しい村長として、新しい村を築くのだ。だがこの地を離れられない者、離れたくない者もいる、そういう住民たちは、儂に任せなさい」


「親父……」


「まあいずれにしろ、今日明日決められるものでもない。お前は客人を案内して、デブレツェンに行く準備を進めるのだ。帰ってくる頃には移住する者を選別しておけるように、村のリーダー達と話しておくとしよう」


 すっかり威厳を取り戻した様子の村長さんが、力強く言い切った。

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