第153話 獣人の村

 森が突然、そう文字通り突然に途切れ、村が現れた。


 右側には牧草地で牛がのんびりと草を食んでおり、左側の麦畑ではケモ耳を揺らしながら若い娘さんたちが何やら作業をしている。農地の中央には厳重な柵が築かれ、その中が居住区になっているらしく大小さまざまのおうちが建っている。


 ああ、この造りは、私達の帰るべき家があるルーカスの村と同じだ。やっぱり、深い森の中で開拓をしたら、自然にこういう形態になっちゃうのかも知れないわね。そして村の規模も、ルーカスとほぼ同じくらいに感じる。


 唯一の違和感は、外部に通じる大きな道が、まったく見当たらないこと。人が徒歩で通れるくらいの道はあるのかも知れないけれど、馬が通れるようなまともな道は、間違いなく存在しない。きっとそれはこの村が、外部との接触を極度に嫌い、おそらくは交易なども最小限にして、基本的に自給自足の生活をしているだろうということ。


 のどかな村の様子を眺めているうちに、ふと気づいたことがある。働いている人たちに、みんなケモ耳があったり、尻尾があったりするんだ。


「あの、ちょっとよろしいですか?」


「なんだ?」


 ちょっと遠慮しつつ、リーダーさんに質問してみる。


「この村には、獣人さんしか、いないのですか?」


「そうだ、昔は人間もいたが、今は獣人だけだ。ここは、獣人が築いた、獣人のための村だからな。その辺の事情は、村長のところへ行ってから話す」


 そこまで言ったっきり、金髪のイケメンは口をつぐんでしまった。聞かれたことに怒っているわけではなさそうだけど、びしっと会話を打ち切られて、少しへこむ。


(大丈夫、彼らは我々の存在に、戸惑っているだけだから。時間を掛ければきっとわかり合える、そしてロッテの望む方向になるよ)


 隣を歩くヴィクトルが、私の微妙な感情を読み取ったのか、何やら優しいフォローを投げてくれる。


(ありがとうヴィクトル。でも私、そんなにわかりやすくへこんだ顔、しちゃってたかな?)


(いつだって俺は、ロッテの表情を見つめているからね。少しでも動けば、気付くさ)


 これまたストレートな好意の表現に、またまた頬を染めるしかない私。


(主もそなたも、若いというのはいいことじゃの。あまり糖分が多すぎると、妾は錆びてしまいそうじゃがの)


 魔剣グルヴェイグの突っ込みに、結局耳まで紅くなってしまう私なのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 村長の屋敷に招かれた私達は、村の有力者らしき人達と顔合わせをしている。


 十数人の有力者さん達は、みんな獣人だ。「獣人が築いた獣人のための村」ってリーダーの金髪イケメンが言ってたけど、獣人だけしかいない村なのかもしれない。


 広間の上座につくのは、狼の耳をもつ中年の男性。いや、中年に見えるけれど獣人の年は読みづらい、実際にはもっと齢を経ているかも知れない。


「この村の長だ、ついでに言えば、俺の父親だ」


 金髪イケメンが紹介してくれる。あ、親子なんだ。よく見れば目鼻立ちなんかは似ているんだけれど、すっごく違和感がある。だって、イケメンは金髪に虎耳、村長さんはロマンスグレーに狼耳なんだもの。


「ああ、お嬢さん。こやつの母親が虎獣人なのだよ。獣人同士で結婚して子を儲けると、獣としての特性はどちらかの親のものになり、混ざったりはしないのでな」


 私が不思議そうな顔をしたのがわかったのだろう、村長さんがわざわざ解説してくれる。じろじろ見ちゃったりして、ちょっとぶしつけだったかしら、反省。


「それで……デブレツェンの森へサーベルタイガーを訪ねたいそうだな。案内して差し上げたいところだが、うちの村であそこまで行ったことがある者は二人か三人しかおらんからな……」


「いえ、通過許可さえいただければ、あとは私達でなんとか」


 そこまで世話になるわけにはいかないと遠慮すれば、金髪イケメンが口をはさんでくる。


「そうは言うが、デブレツェンに至るまでは平坦な森じゃない、途中に深い谷が二つ、断崖が一つある。案内人なしではとても……」

 

「そうかフェレンツ、お前はデブレツェンに行った経験があるのだったな。お前自身が案内に立つか?」


「何を言っているんだ! アルテラの連中が蠢動している昨今の状況で、狩人部隊の長たるフェレンツが村を空けるなと許されるはずがない!」


 村長父子の前向きな会話に異論をはさんだのは、他の獣人さん達より一回り身体が大きい熊獣人。さっきから、私達を不愉快そうにじろじろ睨んでいた人だ。


「そりゃあ、サーベルタイガーの貴種がこんな辺境の村に来たのは珍しかろうが、所詮は遠き異国に住まう魔獣だ。我々にとって大切なのはこの村の民の生活だろう。村長たちにはそこを忘れないでもらいたい」


 言っていることはもっともな気はするけど、なんだか尊大な態度の人だよね。村長さんに対して、ちょっと失礼なんじゃないかなあ。


「確かにアルテラ軍の動きは気になる。フェレンツを案内に立てる件は一旦保留としよう」


 そうおっしゃりつつ村長さんは、私達のために何かできないか考えてくれている様子。あまり、無理しないで欲しいけれど。


 ただ、村長さんも熊獣人さんも、揃ってアルテラの軍に対しては警戒、あるいは敵対的な感じね。アルテラ領内にあるのに、不思議な村だな。


「皆さん、お茶が入りましたよ」


 少し淀み始めた空気を破って、快活な声が響いた。

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