第152話 獣人の狩人たち

 森に踏み込んでからもう五日ほど経った。たぶんもう国境を越えて、アルテラの領内に入っているんじゃないかと思う。


 平坦だった地形が徐々に起伏を帯び、小さな丘や岩棚、そこから湧き出る水が削りだした沢なんかが複雑に絡み合って行く手をさえぎり、最初の頃のようにのんびり自由に進むことができなくなってきた。


 もはや、和気あいあいと並んでお話しながら歩くなんて無理。クララが山刀を持って先頭に立ちルートを切り拓き、続いて私、ビアンカとカミル、最後に「優秀な荷物持ち」ヴィクトルが続くという縦一列の行軍になっている。う~ん、これが続くと結構つらいかも、クララの負担も心配だし……アップダウンに弱い私の足が、そろそろ限界に近い。


 ふと、クララの足が止まる。


「ロッテ様、私のすぐ後ろに、ぴったりついて下さいっ」


 クララの小声にやや切迫したニュアンスを感じて、疲れ切った足にムチを入れて言われたとおりにする。そしてさらに十数歩進んだところで、ひゅっと風を切る音がしたかと思うと、彼女が山刀を鋭く一颯した。


「ひぇっ!」


 思わずおかしな声を出してしまった私の足元に転がったのは、クララに両断された矢羽の部分。


「どうやら、警告のようですわね。当てるつもりはなかったようですから」


 クララが落ち着き払って言うの。飛んできた矢のどこを見たら「当てるつもりがない」なんて、わかるのかな? そのへん、達人でない私にはさっぱりわからない。


 だけど、達人の域に達しているクララの見立ては、正しかったようだ。丘の上から、男が数人出てきて、大陸公用語で呼びかけてきたのだから。


「お前たち、旅人であれば北へ向かって街道に出ろ! このまま進むなら敵とみなす、生命は保証しない!」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 男達は全員、もう春だというのにコートのフードをしっかりかぶっている。揃いも揃って寒がり屋さんなのかしらね。中央にいて、先ほど警告を発した人が、おそらくリーダーであるらしい。


 う~ん、街道を行けるのなら私達だってそうしたいけれど、そんなことをしたら一日も持たずに捕まってしまう。何とか、話をつけられないかな。


 この集団は、どういう人達なんだろう。アルテラの軍隊では、なさそうだ。アルテラ軍は幹部でもない限り大陸公用語なんて、話せないからね。商人には見えないから……おそらくこの地域の民兵か、自警団的な人達じゃないかな。とにかく、通過交渉をしてみるしかないよね。


「皆さんの領域をお騒がせしてしまって、申し訳ありません。私達はデブレツェンの森まで参る者ですが、わけあって正式な街道を行くことが出来ないのです。皆さんの生活を乱したり、見たものを外部に漏らすようなことは致しませんので、どうか通り抜けることをお許しください」


 通行料の話を出すか出さないか迷ったけれど、結局やめた。この人達はおそらく、自分達の領域の安全を最優先にしているように見える、おカネの話なんかしたら、逆効果になりそうだったから。


「ダメだ。ここより先は自由民の領域だ。アルテラの者だろうとそれに敵対する者だろうと、よそ者を入れるわけにはいかないのだ」


「お願いです、この子の母親を探しに行かねばならないのです」


 そういってビアンカを前面に出す。姑息な泣き落としであろうが何だろうが、ここは争いを避けるため、ありとあらゆる手を使わないとね。男達の一部がビアンカの頭を指さして何か言い合っているようだけど、私にはよく聞こえない。その時クララが何か気付いたように、つぶやいた。


「彼らは、獣人ですわ」


「え? なんでわかるの?」


「匂いでわかりました。たった今、風向きが変わりましたので。ネコ科とイヌ科の匂いが混じっていますね……おそらく、彼らはビアンカや私の耳を見て、ざわついているのですわ」


 そうか。なんで暑苦しいフードなんかかぶっているのか不思議に思っていたんだけど、あれはケモ耳を隠すためなのか。


(そうか、なら俺が出ていった方が、いいかもな)


 いつの間にかカミルの手を借りてその背から荷物を下ろしたヴィクトルが、ゆっくりと私達を追い越していく。


「ヴィクトル、危ないよ!」


(普通の弓矢で俺を傷つけることはできないさ。それに、恐らく彼らは、俺を撃たないと思うよ)


 そう念を伝えて、さらに相手に近づいていく。ヴィクトルの姿を見た彼らは、満面に驚きを表し、後ずさる者もいる。リーダーらしき男だけは驚きつつも堂々とした態度を崩さず、両のこめかみに親指を当て、何か精神集中を始めた。


(貴方は、我々の始祖たるサーベルタイガー、それも貴種に属する方と見受けたが?)


 ヴィクトルのものとは違う思念が頭に響く。ああ、このリーダーさんは、念話も使えるんだ……かなり努力してなんとか、って感じだけど。


(いかにも。わが父は、人間の言うところのロワール国、ルヴィエの森に住まうサーベルタイガー一族を統べている)


(そのような魔獣の貴種たる貴方様が、なにゆえ人間などと同行され、このようなところに……)


(その人間……ロッテは、俺が生涯守ると誓った者であるからな。そこの獣人娘の母が、デブレツェンの森から来たのではないかという情報があって、ロッテが是非それを確かめたいと願っているのだ。守るべき者の望みにこの身を捧げるのは、魔獣の性としては当然のことと思うが)


 う~ん、念話とはいえ、ここまでストレートに言われると結構恥ずかしい。頬の温度がかあっとにわかに上がってしまう。お願いヴィクトル、そのへんにしておいて欲しい。


 だけど相手方のリーダーさんは、私の乙女心なんか気にする余裕もないようだった。仲間に弓を下ろさせると、一斉に頭を垂れる。


「わかりました。あなた方一行は、我が同胞と言って差し支えないようだ。目的を果たされるよう、我々はご助力致すでしょう。まずは我々の村にお立ち寄りくださるよう」


 そう言ってフードを取り除けたリーダーさんは、まるでレイモンド姉様のように濃い黄金色の髪をお持ちの、とても綺麗な容貌の美男子だった。その金髪の中から立派な虎耳がぴこっと立っていて……なんだか可愛らしいとか思ったら、失礼になるのかしらね?


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