第151話 アルテラへの旅路
アルテラとバイエルンの国境地帯に、大きな街道は存在しない。クリストフ父様が教えてくれたところによると、国防上の理由によるものなんだとか。
精強なアルテラ騎馬隊は武力でも速度でもバイエルン正規軍より一枚上だ、彼らが一気になだれ込めるような街道を整備しちゃったならば、シュトローブルの城壁は風前の灯火ってことになるわけね。この間の戦は私のだまし討ち作戦でなんとか勝ったけれど、正面からあの騎馬隊にぶつかったら、たしかに勝てる絵が描ける気がしない。
そんなわけで大軍が通れる道は引かれていないのだけれど、東の国から運ばれる絹や香辛料、香料、そしてお茶やコーヒーは、バイエルンやロワールの上流階級にとって必要不可欠のものだ。そんなものを細々とでも輸入するため、馬車一台がようやく通れるような細い道が一本、国境付近の森を貫いて走っている。本当に、それ一本だけなのだ。そしてその道沿いで一番アルテラに近い側にある前線拠点が、このあいだ陥落したヴァイツ村の基地というわけなんだよね。
当然その細いただ一本の道は、アルテラ側からも注意深く見張られている。こっそり入国したい私達としては、もちろんそこを通るわけにはいかない。そんなわけでこそこそと深い森の中を進むことになっているわけなの。
国境地帯の森は、背の高い針葉樹がびっしりと生えて陽光をさえぎり、昼間でもなんだか薄暗い。こういう森も静かで悪くはないのだけれど、私は色とりどりの落葉樹が山を埋めつくして、四季を肌で感じられるロワールの森林を、懐かしく思ってしまう。
(うん、ロワールの鮮やかで明るい森は素敵だよね。でもね、こういう暗い森だからこそ下生えも少なくて、道が無いところでも歩きやすいんだよ)
ヴィクトルの念話が不意に私の頭に飛び込んでくる。どうも最近念話を送ったつもりがないのに、考えてることが彼にダダ漏れしていることが多くなった気がする。無意識に思念をバラまいちゃってるのかしら? 注意しないと。
(そなたの鈍さも相変わらずじゃの。それは、心の結びつきが強固になったゆえじゃ)
彼の背にくくりつけられた、女性の魂を持つ魔剣グルヴェイグにずばりと指摘され、私は思わず頬を紅く染めてしまう。
え~っ、本当にそうなの?
それって、私がヴィクトルのことを考えたら、彼に筒抜けってこと? ちょっとそれは、恥ずかしすぎるんだけど。できるだけ意識しないようにしないとって思えば思うほど、ついつい彼のことを考えてしまうもので……ダメだ、どこか他に意識を向けないと。
そう思って横を向いたところに、ふわんと揺れる亜麻色のやわらかそうな髪と、ほんわかした微笑みを浮かべたエメラルドの瞳が。
「ロッテお姉さん、どうしました? お疲れなのでは?」
「ううん、大丈夫。いや~、ビアンカも最近、急に大きくなったなあとか思って」
ビアンカの問いを誤魔化すために言ったことだけど、本当に彼女は成長期真っただ中。初めて会った頃から伸びた背は、十センチくらいじゃきかないと思うわ。何より、胸部装甲が急速に防御力を増しているのが、うらやましい。
「そう……ですね。最初の頃に揃えて頂いた服が、全部着られなくなってしまって……すみません」
「いいのよ、私もクララも、ビアンカに着せる服を選ぶのが楽しみなんだから。それに、お姉さんは今とってもおカネ持ちなの、欲しいものは遠慮しちゃダメよ」
そう、一連のバイエルン王室お家騒動決着に貢献したということで、国王陛下からたっぷりマルク金貨のご褒美を頂いたのだ。面倒だからクリストフお父様に全部お任せしようと思ったのに「これはロッテのものだから」と、そっくり押し付けられてしまった。ま、おカネはあって困るものではないから、管理をアルノルトさんとクララに任せて、せいぜい家族のために気前よく使うことにしている。
「ありがとうございます、とっても嬉しいです。でも……私が本当に嬉しいのは、お姉さんがこんな危険を冒してまで、敵国アルテラまで私の母を探しに行こうと言ってくれたことなのです。母の消息が分からなくても、お姉さんのその気持ちだけで、とても幸せですから」
「ビアンカ……」
エメラルドの瞳が潤んでいるのを見ちゃったら、何だか私もウルウルしてしまう。
「ほらほら、後がつっかえちゃうから前に進んでね。うん、ビアンカ姉さんは背も大きくなったけど、お尻はもっと大きくなったよね」
「カミルっ! そういう失礼なことは、女性に対して言っちゃダメなの!」
ややデリカシーに欠けるカミルの突っ込みを、頬を真っ赤に染めながら叱るビアンカ。なんか日常っぽい雰囲気に、なごんじゃう。
そのカミルだって、出会ってからまだ一年たったかどうかってとこなのに、すっごく背が伸びて、その腕も、胸や肩のあたりも、明らかに筋肉がついてたくましくなった。私がやらかしたせいで竜の本質が覚醒したら、成長も一気に加速した感じなの。鮮やかな赤毛だけは以前と変わらないけれど、その頬は紅顔の美少年って感じから急に大人びて引き締まり、精悍な雰囲気を漂わせるようになってきた。そして茶色の瞳が時折、竜に変化した時のように紅色を帯びて、こっちを見つめている時がある。う~ん、カミルも思春期ってことなのかしらね。
(そなたも罪なことじゃな。早うつがう相手を決めてしまえば、若者が迷わずに済むのにのう)
また、意味不明な念話を送ってくるグルヴェイグなのだった。
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