第147話 ええっ! 私がやるのっ?

 結局のところ今日の告発と断罪劇については、陛下のなさりたかったことと、私達がもたらした情報が、うまくかみ合ったということなのだろう。


 陛下は、早めに後嗣を第一王子に定め、跡目争いを避けようとなされた。しかし第二王子派の力が弱まるどころか、かえって結束を固める始末。派閥を解体しようにも、宰相をトップに有力貴族が多く属し、勢力は王太子派とどっこいどっこい、手の出しようがない状況だったようだ。


 そこに、アルノルトさんの調査結果がもたらされた。陛下にしてみれば、論功行賞で高位貴族が雁首を揃えたところで、堂々と不正を鳴らして第二王子派を一斉に切るチャンス。有力者が領地に帰っているところで断罪大会をやったりしたら、下手をすると内戦になりかねないから、みんなを集めたところでやる必要があったわけよね。しかも私達の社交リクルートで中立勢力が王太子派に流れ、第二王子派との勢力比に明らかに差がついたことで、さらに切りやすくなったというところらしい。


 すべては、王太子殿下のバックを自任するクリストフ父様の、手の内だったということかしら。私がマーレにこの件を相談して以来、父様はずうっと国王陛下と密に相談して、この日の計画を練っておられたようなの。策士って、いやな人達よね。


 あの騒動から一週間。シュトローブルからのヤミ資金を受け取っていたやつらのうち、大貴族は領地を半減して降爵処分、小貴族は領地を没収、あるいは爵位まで没収となった。まあ、税金と偽って私腹を肥やしたのだから、当たり前よね。


 そして、悪行の頂点に立っていたはずの、あのおかしな王子マルクス殿下は、どうやら彼らの悪だくみについて、まったくご存じなかったようだった。第二王子派といいつつも、マルクス殿下は単なる神輿にすぎず、実際には宰相を頂点として、彼抜きですべてのことが進むような組織であったらしい。そうよね、そうじゃなかったら忙しすぎて、あんな冒険者もどきの遊びに興じていられないものね。


 とはいえ「知らなかったも~ん」で済ませられる話でもない。国王陛下もマルクス殿下の国政への意欲の無さを見限っていた折でもあり、彼はめでたく王位継承権をはく奪され臣籍に降格、伯爵として南の辺境領地を与えられてそこに蟄居させられることに。通常なら王子様が臣籍に下るなら公爵、最低でも侯爵だと思うけど、この場合は同情の余地がないわよね。


 王室直轄地のうち、マルクス殿下が委任されていたシュトローブルはじめ複数の領地は担当替えとなり、王太子、あるいは第三王子が統治なされることとなった。第三王子は王太子とも親しく、妙な野心の無い方だというし、しばらくは安心なんじゃないかな。


「それでのう、シュトローブル領の統治をこれからどうしようかという話に、なっているんじゃが」


 私の前でのんびりとお茶をすすりながらそんな話をしているのは、なんと国王陛下。王妃殿下からお茶会のご招待ということでのこのこ王城に来てみれば、その実は国王夫妻との密談会だったというわけ、勘弁してほしいわあ。もちろん私の立場で国のあれこれにどうこう言えるはずもなく、私の右側には、今回の黒い活躍が評価されてめでたく宰相に昇格されたクリストフ父様が、当然のようにお座りになっている。


「王太子殿下が、直接ご統治されるのではありませんの?」


「王子たちはさすがに王都での公務が多忙での、地方領は総督に任せるしかないんじゃよ。その総督もああなってしまってはのう」


 総督は今回の横領事件においてまさに主犯、おそらくは見せしめとして極刑が待っており、ただいま執行待ちというところだ。トップがいなくなって、シュトローブル領はさぞや混乱しているだろう。


「では、新しい総督様を?」


「そうなんじゃが、マルクス派をたっぷり公職から追放してしもうたために、ちと人材不足での」


「それは、大変ですわね……」


 まあ、私にとっては他人事だけどね。うん。


「そこでじゃ。聖女よ、お主がシュトローブルの総督をやる気はないかの?」


「はあぁっ?」


 え、意味が分からないわ。私は確かに聖女になるためにたっぷり勉強させられたけれど、行政や司法なんかについては専門外、知識も経験もない。そもそも十七歳の小娘だよ、荒唐無稽も極まれりとはこのことね。これはさすがに、父様がお断りしてくれるでしょう。


「それは悪くないな。ロッテ、やってみたらどうだ?」


「ええっ! そんなっ!」


 父様の唐突な裏切りに、混乱する私。


「ロッテはシュトローブルが気に入っているんだろう? なら、そこで仕事をするのも悪くないんじゃないか? それに、今回の騒動で、民衆の間でロッテの評判はうなぎのぼりだ。上に立つには良い環境だと思うがな?」


 う、それは、確かに。国民の間では、「あの『献身の聖女』が、シュトローブル総督と司令の不正と搾取を暴いて、神罰を与えた」という風に伝わっているのよね。そりゃ部分的には真実だけど、実際はアルノルトさんやクリストフ父様が裏で動いてくれたからだよ。そして誓ってもいいけど、神罰なんて与える力は、半端聖女の私には、ないからね。


 そして、シュトローブルの街と近郊の村々は、確かに気に入っている。あそこで穏やかに家族と暮らせるなら、最高だな。だけど支配者として赴くのは、ちょっとどころじゃなくうんと、気が引けちゃう。アルテラとの紛争だって心配だし……益々スローライフから遠ざかってしまうよ。


「ほれ、父宰相もこう言って居るし、どうじゃな? 迷っておるなら、条件付きでも良いぞ、何か要求があるなら、申してみよ?」


「ロッテ、陛下もこう仰っているのだ。欲しいものがあったら、遠慮なく言いなさい」


 う~ん。父様の言葉、裏の意味は「お前に断る自由はないぞ」ってことよね。ああ、また腹黒い父様にハメられちゃった感じ。これは、受けないといけない流れなんだろうけど、私の家族たちは、何と言うだろう。


(ルルは、シュトローブルがいいな。王都はちょっと人が多すぎるよ! でも、ママと一緒なら、どこでも楽しいよ!)


 私の考えを読んだかのように、肩に止まったルルの念話が頭に飛び込んでくる。迷っている背中を押してくれる、とっても優しい娘。私はルルの柔らかいお腹の羽毛を軽く撫でて、深い呼吸を一回してから、口を開いた。


「お受けいたします、シュトローブルは大好きですもの。だけど、条件が二つございます」


はぁ~っ、結局私は、またやらかしてしまった。

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