第145話 聖女登場っ!

「なるほどのう、戦勝は聖女の活躍によるものであったと。バイエルンにはもともと聖女はおらぬ。そなたの言う聖女様とは、最近王都にて話題の、ロワールより来たりし『献身の聖女』のことかの?」


「私は辺境の武人にて、王都の事情には通じておりませんが、艶やかな黒髪が印象的な、シャルロッテ様とおっしゃる方でございました」


「ふむふむ、その者であれば存じておる。かの者がそのような活躍をのう」


「あ、あのような娘にッ、そんなことができるはずがないッ!」


 国王陛下の納得したようなつぶやきに、司令官のみっともなく裏返った声が、食い気味にかぶさった。いや、それは、絶対にやっちゃダメなことでしょ。あり得ないくらい、不敬な行為だから。


 だけど……そうか。このおかしな司令官はどうやら、私が妖魔達の石化を解呪して村を防衛する決め手としたことを、本当に知らないらしい。エグモント様との約束通り、ヴァイツ基地の兵士さん達は、口をつぐんでいてくれたんだな。


 そういえばこの方は、ご自分の功績にできる「結果」だけに関心があって、途中経過や他人の活躍になんて、興味がない人だった。あの時もヴァイツ基地の早期奪還だけを考えていたみたいだし、どうやって勝ったかなんて、根掘り葉掘り聞いたりしなかったのだろうな。


「ふむ。しかし、王都の噂によると、聖女シャルロッテは、悪徳貴族の策略で石に変えられた令嬢を、見事に生き返らせたということになっておるぞ。儂も彼の者が石の蝶を再びはばたかせるのを、見ておるしの。ならば、石化した妖魔を復元できることも、あり得ないことではないのう?」


「恐れながら陛下、それは下賤の者が流した噂にて。確かに蝶の件は臣も拝見しましたが……はるかに大きい妖魔の石化を解呪するなど、簡単にできるはずはありませんぞ」


 悪徳貴族、というところでぴくりと眉を震わせた宰相のミュールドルフ侯爵が、半畳を挟む。あら、彼は王都社交会にカタリーナ母様がバラまいた「奇跡の令嬢」ストーリーを、聞いてないのかな? いや、当然耳に入ってはいるだろうけども、私が妖魔まで解呪できるっていうのが、彼の常識に照らして信じられないのだろう。


「そうだ、あのような小娘がァ……」


 司令官のみっともない叫びが聞こえたところで、そろそろ私達の出番みたいだ。小部屋から謁見の間に続く隠し扉を開け、私達は貴族たちと国王陛下の前に歩み出た。


 私は紫を基調とした、東教会の聖職者っぽいデザインのローブを着用している。こないだローゼンハイム領に行く時着たものより、金糸銀糸で刺繍が施されたりポイントに宝石があしらってあったりと、明らかにお高い仕様になっているのよね。やめて欲しいと言ったのに、カタリーナ母様が怖い顔で「これを着なさい!」ってすごい圧力を掛けるのだもの。


 そして肩にはいつものようにルルが止まっている。左側にはクララ、右にはビアンカがついて、私をしっかり守ってくれてるの。そして、カミルと人型のヴィクトルが、何やら重そうなものを持って、後ろに控えている。


「こ、小娘ッ。このようなところに……」


「はい、司令官様。平和に暮らしていた村から貴方様に追い立てられたので、やむを得ず王都で庇護を求める仕儀になりまして」


 真っ赤になって興奮している司令官に、せいぜい澄まして答える私。


「聖女よ。宰相を始めここに居る多くの者が、お主が妖魔を石から解呪できるということは、信じられぬと言うのだ。このままでは収まりもつかぬゆえ、ひとつ見せては、もらえぬかの?」


「そう、おっしゃられると思いまして」


 陛下のちょっと無理筋の要望に、私はヴィクトルの方を振り返る。ヴィクトルとカミルが重そうに抱えて来たものを貴族たちの前に据え、覆っていた布を取り払う。


「お、これは!」


 それは、一体のオーク石像だ。通常のオークより一回り大きい、中級種なの。この日のために、社交が休みの日になると近郊の森に通って、ヴィクトルの助けを借りてようやく捕まえたのだ。


「はい。中級種のオークです。ご希望とあればこの場で解呪致しますが、騎士様を十名くらい準備して頂かないと、危険ですよ?」


「何をふざけたことを抜かしているのだッ! できるのならやって見せろッ!」


 おかしな司令官の声はまだ裏返っている。そうですか、やれというなら、やって見せましょう。


「……この者の呪いを解き、正しき姿に戻したまえっ!」


 十を数える間に、石像は本物の中級オークに姿を変えた。オークは眼を怒りに燃やし、一番近くにいた司令官に襲い掛かる。


「ひぇぇっ!」


 司令官は、鍛えていない様子なのに逃げ足が意外に速かった。彼は一散に広間の前方に走り、主君たる第二王子に縋りついた。私の胸に蹴りを入れた、あいつね。


「お助けをッ!」


「ば、バカ者! オークを引っ張ってくる奴があるか!」


 あ~あ、みっともない主従だわ。まあ、殺しちゃうわけにはいかないから、助けてあげようか。


「ルルっ!」


(うん、ルルに任せて!)


 次の瞬間、王子に向かって腕を振り上げていたオークの動きが止まり、徐々に色を失ったその身体は、やがて冷たい石像に戻っていった。


 第二王子殿下のお尻のあたりに水たまりが広がっているような気がするけど、見なかったことにしておこう、一応純情な乙女としては。

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