第144話 異議あり

「何だと!」「神聖な儀式に異議をはさむとは!」「そ奴をつまみ出せ!」


「誰が何といおうと、真実は動かせぬ! ゲルハルト司令に、罪はあっても功は無い!」


 第二王子派らしい貴族たちが副指令様を排除しようとするけれど、生粋の武人である彼が本気の気合をその言葉に込めれば、あえて手を出す勇気のある者はいない。謁見の間は、しばしの静寂に包まれた。


「ふむ、エグモントよ。そちが司令官の不正を主張するならば、この場でその仔細を述べてみよ。そちの申すことが、嘘ではないと言うのならばの」


 沈黙を破って口を開いたのは、国王陛下だ。


「はっ、僭越ながら申し上げます。エグモント司令がアルテラ軍と戦いこれを打ち破ったというのは、まったくの虚構にございます。司令は最前線のヴァイツ基地で惨敗し、千あまりの兵を五百まで減らしました。その残兵をルーカス村に残し、司令だけはシュトローブルに撤退。そしてルーカス村にて残兵と住民が共同して千を超えるアルテラ兵を殲滅した一報をシュトローブルに入れた途端に、司令が村に戻ってきた次第にて。断じて、司令はアルテラ戦勝の前線に、立っておりません!」


 眉間に深いしわを寄せ、その頬に罪悪感を表しながら、それでも堂々と大音声で真実を述べていく副指令様。


 きっとこの告発には、ものすごく勇気がいったことだろう。主犯はあのおかしな司令であるとはいえ、エグモント副司令も国王陛下を騙す片棒を担いだのは間違いないのだから。自らへの厳罰も覚悟の上で、不正を明らかにしてくれたのだわ。


「そちの言うとおりであれば言語道断なれど、司令はシュトローブルからの援軍を率いてアルテラと戦ったと主張しておるぞ? 五百の敗残兵と訓練もされていない民で、精強なアルテラ兵を撃退、いや殲滅させ得るものかの?」


 陛下の問いに応え、前列に立った高位貴族の中からクリストフ父様が進み出る。


「シュトローブルの兵については、証言する者を連れてきております」


「ほう? ハイデルベルグ侯、面白い、出してみよ」


 そして出てきたのは四十過ぎの、いかにも武人一筋っぽい渋くて屈強なおじ様。シュトローブルの街でお見かけしたことがあるわ。


「私はシュトローブル守備隊の指揮官にて、フォルカーと申す者であります。私が申し上げるべきはただ一つのみ、アルテラ軍が全滅したとされる日の前後三日間、私の率いる兵は一切の出撃命令を受けておりませんし、命令を出してもおりません」


「む、そうすると、ゲルハルトが率いた兵というのは、どこから湧いてきたものかの?」


 おかしな司令官の顔色が、まず真っ赤になって、その後青白く変わっていく。シュトローブル総督も一時混乱したようだったけどさすがは経験豊富なタヌキだ、すぐに建て直して抗弁を始める。


「いえ、陛下。司令に率いさせた兵は、シュトローブル守備隊ではなく私個人が雇う私兵にございます。普段は存在を秘匿致しております故、守備隊指揮官には動きがわからなかったのでしょうな」


 うわ~、きちんと調べられたらすぐバレそうな言い訳を、いけしゃあしゃあと言っちゃうんだこの人。きっと、この場さえ切り抜ければ、第二王子派がこぞって隠蔽に協力してくれるという読みなのだろう。傭兵を二~三百人アルバイトで雇って、口裏を合わせさせれば、いいわけだし。


「ふむ、私兵とな。まあ、その申し状、あえて否定することはできぬな。一方エグモントよ、五百の兵と寄せ集めの民でアルテラの精兵と戦うのは難しかろう。どうやって倒したのか説明してみよ」


 陛下は明らかに、このやりとりを面白がっている。それはそうよね、陛下には事前に、アルノルトさんとクリストフ父様から詳細な報告が上がっているのだから。あとは謁見の間に集った名優たちが、この台本をどう演じるかを楽しんでおられるのだわ。


「はっ。ルーカス村の防衛戦は、私の指揮するところではありませんでした。ルーカス村に住まう聖女様が、我が正規軍と村の義勇兵を、共に指揮され、勝利を得られたのです」


「ほう、聖女とな? して、その聖女は、いかにしてアルテラを討ち払ったのじゃ?」


「聖女様はあらかじめ、村に数々の防衛手段を準備されておられました。まず、騎馬を落とし込む深い溝。そしてこの溝を越えられず戸惑う敵に浴びせかける、信じられない数の弓矢。人口八百程度の小村に、矢の備蓄が四万もあったのです」


「ほほう、外敵に対し普段よりそのように自ら堅く備えるとは、辺境の村の鑑であるな」


「そして、聖女様を護る戦士たちは、見た目は若く美しい女性であったり少年であったりするのでありますが、みな恐るべき使い手でした。殊に魔剣を操りし金色の眼を持つ大男は、まさに一騎当千というべき活躍にて」


「しかし、数人の手練れだけでは、数に勝る敵に抗し得まい?」


 陛下がそのお言葉に皮肉なニュアンスを込めるが、エグモント様はひるまない。


「まさに、仰せの通りにて。敵に押されて前線が崩れるかに見えたその瞬間、聖女様が奇跡をなしたのでございます」


「奇跡? なんじゃ、それは?」


「ルーカス村には、不思議なことに妖魔の姿をした石像が、数百体も置いてありました。聖女様が神に祈りを捧げられた瞬間、その石像が一斉に、本物の妖魔に変わったのです」


「なんと?」


「石像から変じた妖魔は、近くに在りしアルテラ兵に片端から襲い掛かりました。敵は大混乱に陥り、我々はそれに乗じて無限に近い矢を彼らの上に降らせ……漸くにして敵を撃滅したのです」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る