第143話 論功行賞

 王都に来てから、はや二ケ月。いよいよ王城で、論功行賞が行われる日だ。


 この日のためにクリストフ父様もカタリーナ母様も、そしてアルノルトさんも、着々と準備をしてきた。それもすべて、第二王子派の悪行を暴いて、一気に王太子の立場を安泰なものにするため……そして不当に搾取されている民を、救うため。侯爵家の父様母様は前者のために、私達はもちろん後者のために。この場合やらなきゃいけないことはどっちが目的であっても同じだから、いいのだ。


 正式な参列者は、当然のように王城の正門から胸を張って入場してくるけれど、私達は裏側の物品搬入口から、コートとフードをすっぽりかぶりつつ、コソコソと入城する。そして王太子派であるらしい官吏の方に案内され、薄暗い小部屋へ。


 よく見ると壁に横一線のスリットが目立たないように切ってあって、その向こうは謁見の間。なるほど、ここで授賞式を垣間見るというわけね。そんな目的で高貴な身分の方が何度も使われているらしい小部屋はさすがに快適で、空調の魔道具が利いてるし、お茶道具もばっちり揃っていて、上等のチョコレートを始めとしたお茶菓子もたっぷり、カミルなんかは喜んでお菓子をむさぼり食っているの。


 私もお茶が欲しいところだけれど、今日の装いはかなり装飾過剰だから、トイレに頻繁に行く羽目になると、つらい。クララが淹れてくれたカップ半分の紅茶で、口を湿らせる程度で我慢……それでも鼻に抜ける香りの爽やかさに、茶葉が最高級だってことは明らかにわかる。やっぱり、あるところにはあるんだよね。


 そして待つこと一時間弱、いよいよ式典が始まった。賞される順番は戦功の高い人ほど後になるから、最初に呼ばれるのは、私達と一緒に戦ってくれたヴァイツ村駐留軍の将校さん達。このあたりが、勲功五等……国王陛下から直接勲章を賜ることができる、最低ラインというところね。


「勲功四等! ルーカス村長、ベンヤミン・フォン・アーレン殿!」


「はっ」


 おお、村長さんが勲功四等か。「義勇軍」といいつつ実質強制動員された村人をまとめて勝利に導いたって事実は、いくらヴァイツ基地司令官の面の皮が厚くたって、無視できなかったってことかな。村の人達は本当に頑張ったんだし、村長さんが表彰されるのは、素直にいいことだよね。それにしても、やっぱり村長さん、貴族だったんだ……粗野なマッチョに装いつつも、端々に上流っぽさの出る人だったからなあ。


「村の民を義勇兵としてまとめ、国軍とともにアルテラ軍を撃退せしめたること、誠に大儀であった。ここにその功を賞し、銅鷲勲章と三百マルクを下賜するものである」


「ははっ、ありがたく」


 村長さんは謹んでお礼を申し上げていたけれど、三つ隣に並んでいた司令官の口元がにやりと歪む。あ、きっと三百マルクを何やかや理由をつけて徴収しようという気まんまんなんだ、どこまでも嫌らしい奴だわ。


「勲功三等! ヴァイツ基地副司令官、エグモント殿!」


「はっ……」


「義勇兵と共にルーカス村にて勇戦し、司令官の救援まで戦線を支えたこと、誠に大儀であった。銀鷲勲章と三百マルクを授けるものとする」


「ははっ……」


 うん? 何か、話が変じゃない? 司令官が来るまで支えた? というか実際のところは、司令官が逃げ出した圧倒的不利な戦線を私達と共にひっくり返したのは、副司令のエグモントさんのはず。私達を抜いたら、エグモントさんが戦功一番になって当然なんだけど。


「勲功二等! シュトローブル総督、ブルーノ殿!」


 はあ? 誰、それ?


「ゲルハルト司令の求めに応じ電光石火の援軍を繰り出し、司令の策よろしきを得て千を超すアルテラ軍を撃滅せしこと、実にバイエルンにとって功の大なるものあり。よって金鷲勲章を授与するとともに、五百マルクを下賜するものとす」


「ありがたき幸せ! 恐悦至極にございます!」


 いや、ここまでくると、呆れてしまう。電光石火の援軍なんて、どこに来たっていうの。シュトローブル総督のやったことなんて、せいぜい卑怯なことに前線を放り出して逃げ込んできた司令官を、かくまってやったくらいじゃなかったっけ?


「そして、こたびの戦役にて、勲功一等に賞されるは、ヴァイツ基地司令官、ゲルハルト・フォン・オッフェンベルグ殿!」


 ああ、やっぱりこうなっちゃうのかあ。私達のぶんはどうでもいいとして、エグモント副司令さんや、村の人達が建てた功績を、ぜ~んぶ自分のものにしてしまったんだ。この腐り切った司令官は。


「強大な敵軍の奇襲に苦戦せしも、一旦戦線を再編して敵を足止めし、その間にシュトローブルの兵力を糾合し烈火の勢いにてアルテラ軍を粉砕せしこと、驚嘆すべき功績である。よって、銀虎勲章を与えるとともに、新たにネレスハイムの家名を授け、準男爵に叙するものとする」


 司令官の表情がぱっと輝く。そう、嬉しいでしょうね、あの司令官は下級貴族の三男と聞いているから、父親が死ねば、平民扱いに落っこちる身分のはず。準男爵に叙せられれば、彼自身もその子孫も、れっきとした貴族として威張っていられるわけだからね。


 それにしても、嘘を嘘で固めたストーリーで爵位までせしめてしまうとは、その大胆さには驚かざるを得ないわ。これだけの虚構で王室を動かしてしまったということは……やはり第二王子派が一丸となって、この人間のちっちゃい司令官をバックアップしたとしか思えないわ。


「ありがたき幸せッ! バイエルン王室のためッ、生涯粉骨砕身する所存ッ!」


 司令官さん、声が裏返っていてみっともないわ。それにあなたの言う「粉骨砕身」って、自分自身じゃなく誰か他の人の骨や身を削るってことなんでしょ。ありえないわあ。


 謁見の間に集まった人たちの半数弱は、空々しい司令官の言葉にも、熱烈に反応している。白けた顔をしている王太子派の高官を意図的に無視して、大きな拍手と喝采を送っているわ。


 だけどよく見れば、表彰された人達の中にも、拍手しようとしない人がいる。それは……エグモント副指令様だ。その精悍な口元をぐっと引き結んで、じっと眼を閉じて何かを迷っている表情。やがて彼はその顔を上げで眼をかっと見開き、低いけれど良く通る声で叫んだ。


「この論功行賞に、異議あり! この儀式は、偽りと不正に満ちている!」

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