第142話 社交戦線異状なし
城砦から母娘を奪取してから、三週間がたった。
私は相変わらず、社交という名のリクルート活動に、昼はもちろん時々夜も、せっせと勤しんでいる。「奇跡の令嬢」ティアナ様と「献身の聖女」である私は、バイエルン王都社交界の一角を……というより、今やセンターポジションをどっかりと占めてしまっているらしいのだ。とはいえ、私はルルと一緒にニコニコお茶菓子をつまみながら客寄せ看板役を務めているだけで、実際に黒いお話をするのは相変わらず、ティアナ様とカタリーナ母様の役割なんだけれどね。
カタリーナ母様に聞いた限りでは、社交戦線であがった戦果はかなりのものらしい。ティアナ様の熱烈なファンになられたご令嬢の強い希望で、中立派であった軍務大臣のゲッピンゲン伯がクリストフ父様とお会いになって王太子派に加わることになったというし、魔法庁の長官であるノイマルクト子爵の夫人も、母様が口説き落としたそうなの。
クリストフ父様のお言葉を借りると、「先日まで五対五だった派閥勢力図を、六対四くらいまでには持ってこられただろう」ということみたい。社交の力は、バカにできないわね。まあ、一番大きかったのは国軍随一の将軍であられるローゼンハイム伯が、こちらに忠誠を誓ってくれたことなんだけどね。
私達が半ばさらうように奪還してきた母娘は、ハイデルベルグ侯爵家のタウンハウスにかくまわれている。もちろん外に出るわけにはいかないけれど、きちんと陽光も浴びてバランスよい食事をとって、きちんと換気した空気を吸っていることもあって、娘さんの健康は日に日に回復しているようだ。私が毎晩控えめに聖女の治癒術を施しているのも、少しは効いていると思うんだけど。年が近いカミルとビアンカが何かと娘さんに絡んで、最近では部屋に笑い声が絶えなくなっている。いいことだわ、カミル達だって、私たち以外のお友達ってやつを作らないとね。
アルノルトさんは長い長い国王陛下への上申書をようやく書き上げて気が抜けてしまったのか、少し体調を崩している。私も診たけれどひどい病気ではなさそうだし、クララが甲斐甲斐しく世話を焼いているのを邪魔してはいけないから、放っておくことに決めた。ほら、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られる?って昔から言うしね。
荒事のない一見平和なこういう生活で一番暇を持て余すのは、そう、ヴィクトルなんだ。最近は人型変化の燃費が飛躍的に良くなって一日中ずっと人型でいられる彼だけど、人間として生活していたベースがないわけだから、暇が出来てもやることがないわけよね。
王都のにぎわいに興味津々みたいだけれど、人間の習慣や規則なんか知らないわけだから、とても一人では街に出せないのだ。でも私は社交に連れまわされていて一緒に行ってあげられない。カミルやビアンカだって街の生活なんかしたことがないし、奴隷教育しか受けていないから外に出るのは危なっかしい。本当はクララに引率してもらうのがベストなんだけど、クララはへばっているアルノルトさんのお世話に付きっ切りだから、無理よね。
それならばと国軍の重鎮たるローゼンハイム伯にご紹介頂いて、引退された剣術指南役の方に稽古をつけたりしてもらっているけれど、それだけでは何かとストレスが溜まっちゃうみたい。
クララに言わせれば、
「ロッテ様さえその気になれば、男性のもやもやを解消する方法なんて、いくらでもあると思われますが?」
そういうことになるのだけれど、まだそこに踏み出す勇気はないの。社交から帰った後の遅い午睡を、ソファで触れ合いながら一緒にとる程度が、今の私には精一杯。こればかりは、待ってもらうしかないよね。
というわけでヴィクトルは時々、王都郊外の森に入ってサーベルタイガーの姿に戻り、あれこれ妖魔を狩っているらしい。王都ギルドはあの通り信用できないから、獲物の魔石は売ることもできず、溜まる一方なのだけど。
そんなこんなで、私達家族の暮らしは、表面上平穏。だけど、勝負の日……アルテラ戦の論功行賞が行われる日は、着々と迫って来ていた。
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