第139話 侵入
お茶会ラッシュと夜会ラッシュは疲れるけれど、カタリーナ母様は、思った以上の戦果にご満悦だ。
「素晴らしいわ! 思った以上に意を通じてくれる貴族家が多いわ。やっぱり『奇跡の令嬢』と『献身の聖女』が並び立つと、効果抜群ね! それにルルちゃんが賢いのにはびっくりね、しっかりお嬢様たちの心をとらえてくれているわ」
「ええ、ガチガチの第二王子派はもうどうしようもありませんけれど、中立派をこれだけ取り込めば、一気に王太子様の地歩が固まりますわね」
ティアナ様も誇らしげに答える。クラウス様との幸福を奪われかけた怒りを闘志に変えて、敵……第二王子派をつぶすことに燃えている。そう、母様もティアナ様も剣を振り回さないまでも、まさに最前線で、戦っているのだ。
それに比べると、私の覚悟は中途半端だ。アルノルトさんを助けるところまでは真剣だったけれど、そのあとは降りかかる火の粉を払っているだけなのだから。お茶会でも夜会でもターゲットにガツガツ話しかけたりもせず、にこっと笑って、ただ居るだけの存在になっている。
「ロッテはそんなこと考えなくていいの。『聖女』なんだから。そういう生臭いお仕事は母様に任せておけばいいのよ。むしろロッテが積極的になったら、あちこちボロが出そうで心配よね」
むむっ。マーレの指摘は的確だけど、なんかディスられている気がするわ。後ろでクララとヴィクトルがうんうんうなずいているのが、なんか不本意だわあ。
「あ、そうだ。ロッテから頼まれてた調べものの話、わかったわよ」
「えっ、ほんと?」
うわあ、これは嬉しい。あの実直そうな人を、ぜひ助けてあげたいんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
王都の郊外に流れる河沿いに、小さな城砦がある。石積みの外壁には塗装も装飾もない、いかにもバイエルンらしい実用本位の城だ。夜陰に紛れて接近した私達の眼に、控えめな数の篝火が映る。
「あそこに、その母娘がいるわけなの?」
「うん。間違いないわ。東にある石塔の上階に表向きは匿われて……実質、閉じ込められているみたいね。娘さんの方が胸の病でかなり苦しんでいるみたい」
紅茶色の髪を軽くかき上げながら、マーレが少し視線を落とす。
「ひどい……あんな冷たくて窓もない石塔じゃ、病気がもっと悪くなっちゃうよ」
「早くお助けしないといけないですわね」
クララも心配そうな面持ちだ。表情はいつもクールだけど、彼女はとってもやさしい娘なんだよね。今晩だけは侍女服じゃなく街娘のような可愛らしい服を着ているけど、わけあってその服の胸の部分をわざと破いている。
この城砦に詰めているのは国軍ではない。城砦自体がブルクハウゼン子爵家の所有で、守る兵も子爵の私兵だ。ま、そうでもなければ、堂々と罪もない人を監禁するのは難しいわけだよね。
サーベルタイガーに戻ったヴィクトルの背中に、ロープを口にくわえたビアンカが乗る。十分助走をつけて城壁に向かい思い切り跳んだヴィクトルの背中を発射台に、身軽なビアンカがさらに上にジャンプして、城壁のてっぺんに手を掛ける。簡単にやってみせちゃうけど、まるでサーカスを見ているかのような離れ業だ。
そして彼女がたらしてくれたロープを伝って、マーレと私、そしてクララが城壁を乗り越えて、ヴィクトルはそのまま外で私達を待つ。そうそう、今日のお留守番はカミルなの……あまり留守番ばかりだと、すねちゃうかしら。帰ったらたっぷり、魔力でお礼をするとしよう。
城壁さえ乗り越えてしまえば、塔の入口までは誰何されることもない。見張り兵が一人であることを確認すると、クララがわざと息を切らしたふりをして兵の前に飛び出す。
「あ、兵隊様、お助けを……」
「お、どうした? むっ……」
兵隊の眼が、破れた服の胸元から覗く、抜けるような白い肌に釘付けになる。思わず無防備ににじり寄ろうとする見張りの後頭部にビアンカが棍棒を振り下ろし、意識を奪った。
「うまくいきましたわね」
わざとブラウスを引き裂いてはだけさせた胸元を掻き合わせながら、クララがつぶやく。
「恥ずかしい役目をさせて、ごめん」
「いいえ。ビアンカの方が男の眼は引けるのでしょうけども、こんな役目を妹分にやらせるわけには、いきませんもの」
うん、そうね。もう完全に、私やクララよりビアンカの方がいまやずっと立派な胸部装甲を持ってるから……いやいや、今はそんなことを言ってる場合じゃない。
素早く兵の身体を改め、鍵束を探し当てたクララ。あとは時間が勝負だ。一気に塔の階段をのぼり、その先にある重い木の扉に、鍵を差し込む。きしんだ音を立てて開いた扉の向こうは、石壁に囲まれた完全な密室だった。
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