第138話 社交は戦いだ!
やっと王都に戻った私だけど、希望通りにのんびり街歩きを楽しませてもらうというわけには、行かなかった。
「ロッテちゃ~ん、ほら、お茶会の招待状がこ~んなに」
カタリーナ母様がテーブルにどさっと積み上げた招待状の山に、私はげんなり。
「大丈夫よ、招待を受けるべき家は、私とクリストフが厳選するからね。それでも、週に六日くらいは、予定が入っちゃうわねえ」
結局それ、ほぼ毎日ってことじゃないの。はぁ~っ、まあ、仕方ないんだけど……。
こんな羽目になったのには理由がある。
さっさとローゼンハイム領から帰ったクリストフ父様が話した顛末を、カタリーナ母様プロデュース、マーレ姉様演出によって庶民の好みそうな勧善懲悪かつ純愛物語に編成して、王都に広めたのだ。まるですでに準備していたかのように、ものすごく素早く。
カタリーナ母様が巧みだったのは、王都で人気を博している大衆向け劇団をあらかじめ抱き込んでおいたことだ。シナリオを一日で仕上げると、二日後には初演にこぎつけるという拙速作戦だったけれど、異国の聖女、罪なき少女にかけられた呪い、石になった婚約者への貴族青年の純愛といった、庶民好みの要素がたっぷり盛り込まれた舞台は、公開初日からメガヒットとなった。
王都庶民が皆口々にその新演目のことを話題にすれば、当然貴族家に仕える下働きや侍女も、それについて仕事の手を停めては語り始める。かくしてその主人たる貴族達も「石に変えられた令嬢と、我が身を顧みずそれを救った聖女」のストーリーにむくむくと興味を持つわけよね。そこに、どうやらそれが実話であり、ローゼンハイム家の令嬢と、ハイデルベルグ家の養女がその主人公であるという情報が、ちょうどいいタイミングで何気なく流れてくるというわけ。
そんなわけで貴族社交界でも私達に関する話題が沸騰していて、母様が招待状の山を眺めてにんまりする仕儀となったわけなの。なんだか母様にうまくハメられた気もするんだけど。
「ごめんねロッテちゃん。こんなにいっぱいお茶会に引っ張り出しちゃって。お詫びというわけではないけれど、昼用のドレスをもう十着くらい急いで誂えましょうね、同じドレスを着ていくわけにはいきませんからね! クララが一緒に選んで、ね!」
「承知いたしました、奥様」
いや、もうこれ以上ドレスとか、いらないんだけど! クララが嬉しそうに、勝手に承知しちゃうんだから……む~ん、もう少し、頑張らないといけないのかなあ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
苦手なお茶会も四回目。最初は思いっきり緊張してしまったけど、ようやく立ち居振る舞いにも、慣れてきたかしら。
今日はカールスルーエ侯爵家主催。この侯爵家は王位争いに対し旗色を明らかにしていない、いわゆる中立派。クリストフ父様とカタリーナ母様で選んだ「出席すべきお茶会」主催者の七割は中立派貴族だ。当然、他の出席者も帰趨を決めていない貴族家の方が多いから、母様にとっては味方を増やす絶好の機会というわけ。
少しは役立たないといけないと思うのだけれど、わざとらしいお芝居も腹芸もできない私は、客寄せパンダの役割しか果たせそうもない。演劇に唄われたあることないこと武勇伝の話題に盛り上がる令嬢様たちに囲まれて、適当に相槌を打ちながら、口角が下がらないように注意しつつ、笑顔を振りまくだけしかできないのよね。
それに比べるとカタリーナ母様は、まさに水を得た魚のようだ。
「うちのロッテにティアナお嬢様を救う力があることは確信しておりましたけれど……まさかお嬢様を連れ去る輩がいるとまでは、思いませんでしたわ」
「その痴れ者の身元はわかりましたの?」
「……ブルクハウゼン子爵家の者だそうですの」
母様が、わざとらしく声をひそめる。
「まあ……そのような狼藉を働くとは」
「かの家は、マルクス殿下を強く推していらっしゃいますから……」
「ティアナ様の婚姻を切り崩し工作とみなして、邪魔しようと?」
「申し上げにくいのですが、おそらく……まあ、このような生臭いお話をする席ではございませんでしたわね、失礼いたしました。ときに、よろしければ今度ご主人と一緒に、当家においで下さいませんか? 奥様のお好きな薔薇風味の紅茶、良いものが入りましたのよ」
演劇の話からしっかりと第二王子派の批判につなげ、深入りする前にすっと引いて、本丸のご主人をご招待する、なかなか巧みよね。当然ご主人はクリストフ父様と「生臭いお話」をされるわけなのでしょうけど。
そして、ある意味もっとあざといのがティアナ様だった。
「クラウス殿は一年も、石になったティアナ様を見守っておられたのだな?」
「ええ、クラウス様は本当に誠実な方ですわ。もう一度クラウス様に寄り添うチャンスを下さった聖女ロッテ様に、心から感謝しておりますの。あんな手紙に騙されたこんな愚かな私なのに……」
「うむ、このように純真なティアナ様を騙しておびき出して呪うとは、悪辣な所業……」
「マイティンゲン男爵令嬢様のことは、信じておりましたのに、残念です……。まだ、陥れられたことが信じられなくて……」
「くっ、許せん。くだらぬ勢力争いに関係のないお嬢さんを巻き込むとは……我が家は中立を守ってきたが、マルクス殿下を見限るときが来たようだ。父伯爵に進言しよう」
もう二十歳過ぎているのに見た目は十六、七歳のティアナ様が、緑色の眼を潤ませてぷっくりとした唇を震わせれば、年若い貴公子はみんなコロっといってしまうのよね。まあ、ティアナ様も母様も、一切嘘は言っていない。ちょっと演出を加えているだけね。
母様の巧みさもティアナ様のあざとさも持ち合わせない私は、ひたすら愛嬌を振りまくしかない。そこを大きく助けてくれたのは、実はルルだった。
ルルを連れてくるかどうか、ずいぶん迷った。だって、れっきとした魔獣を肩に乗せて闊歩する令嬢なんて、いるわけないもん。だけど、ルルは絶対付いていくってゴネるの。結局、カタリーナ母様の一言、
「ルルはロッテの娘なんでしょう? だったら、一緒に行って悪いことはないわよね」
これで決まってしまった。む~ん。
令嬢様達がルルを怖がるんじゃないかという懸念は、杞憂だった。ちょっと見は小型のニワトリのようなルルが私の肩にちょこんと止まっている姿は、そもそもニワトリすら普段ごらんにならない貴族女性から見ると、とても可愛らしく映るようだ。その上に、空気を読めるルルが小首を傾げたりリズムを取ったり、あざとく愛嬌を振りまくものだから、あっという間に人気者になってしまった。私より社交能力が、高いルルなのだった。
「石化の術を持つ魔獣というから恐ろしい姿をしているのかと思っていましたわ。こんなに可愛いなんて!」
「そうですね。ルルはまだ小さいですので。成獣になると人の背丈より大きくなるのですよ」
このご令嬢もルルをいたく気に入ってくれたようだ。本当は、ルルが意識して自分の成長を抑えているのだけれど、そんなことは言わない。
「ルルちゃんと言うのね! ルルちゃんも、私達を石に変えたりできるのかしら?」
「その力はありますが、コカトリスは大人しい魔獣ですから、こちらから危険を感じさせるようなことをしなければ、石化術なんか使いません。そして、石化は大量の魔力を必要とする術……成獣でも一年に一回程度しかできないと聞いていますわ」
しゃらっと答える私だけど、ルルが一日に百体の妖魔を石化できるなんてことは、言わない。私の娘ルルが、特別優秀なだけだからね。
「そんなに大変な術なのね。そんな業をティアナ様に仕掛けたということは……」
「ええ、余程以前から準備していたに違いありませんわ。ローゼンハイム家の離脱を許すまじ、という意図で……」
それまでひたすら快活な笑顔で愛嬌を振りまいていたティアナ様が、そう言って凍り付いたような表情を浮かべる。ほんの、五つ数えるくらいの間だけれど。
「本当に……そうに違いないですわね。私も帰ったら、父を説得しますわ。そろそろ旗幟を明らかにするべきと」
こうしてこの子爵令嬢も、腹黒いティアナ様にあえなく取り込まれてしまったのだった。
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