第137話 奇跡の令嬢と献身の聖女

 やわらかくウェーブを描く栗色の髪に、深い緑色の瞳。少女のようにぷっくりとふくらんだ紅くて可愛らしい唇。石像に変えられていた時には窺い知れなかった、血色豊かな頬。私よりも四つ年上と伺っているけれど、それを感じさせない快活な笑顔と、弾む声。


「聖女シャルロッテ様! 私を救って下さって、そしてクラウスともう一度触れ合う機会を下さって……本当に感謝いたしますわ!」


 そう口にされながら、ローゼンハイム伯爵令嬢ティアナ様が、まるで王族に向かって行うかのように、深く丁寧なカーテシーをとる。


「ティアナ様、お身体はもう、大丈夫なのですか?」


 人間の石化解呪にイマイチ自信の持てていない私は、ついティアナ様に不調がないか気になってしまう。


「ええ、もうすっかり。一晩寝て起きた、っていうくらいの違和感しかないのです」


「石化される前のご記憶は、いかがでしょうか? あいまいなところは?」


「おびき出されてコカトリスと遭遇するところまで、鮮明に残っております。聖女様のお力は、本当に素晴らしいですわ!」


 ティアナ様を誘い出したのは、マイティンゲン男爵令嬢……父男爵は第二王子勢力の中でも、最強硬派と言われているそうよ。婚約者クラウス様に良くない噂があるので内密に話したいと書いた手紙を受け取り、思わず出かけてしまった街外れの林に、コカトリスがいたのですって。まあ、十中八九コカトリスも、操られていたのでしょうけど。


「聖女……ではなく、ロッテとお呼び下さい」


「はい、ロッテ様。私もクラウスと共に、恩人たるロッテ様に、誠心誠意お仕え申し上げます。聞けば王都社交界に華々しくデビューをなされた由、そちらの方面では私にも、お役に立てることがあると存じますわ!」 


 花が咲いたように艶やかな微笑みを浮かべて、もう一度優雅に膝を曲げるティアナ様。うん、正直なとこ社交界での攻防は苦手、カタリーナ母様の他にも助けてくれる人ができたのは、本当にありがたいわ。


「ふむ。私は『王太子派』の人材を増やそうと動いていたつもりなのだが、どうも『聖女派』ばかりつくってしまうことになりそうだな。まあ、それも良しとするか」


「あら、私は最初から『聖女派』だったわよ。お父様のように裏表があり過ぎる人は、あくまで黒幕しかできないわ。表に立つカリスマは信念を持って前に進む、ロッテみたいな人じゃないとね」


 え? クリストフ父様とマーレ姉様が、わけのわからない話を始めている。カリスマとか派閥とか勘弁してほしいわ。


「いや、まさしくその通りだ。我がローゼンハイム家は、全勢力をあげて、聖女様を盛り立てますぞ!」


「ちょっと、伯爵様やめてください! 私の目標は、田舎でのスローライフなんですからねっ!」


 みんなが、どっと笑う。もうこれ以上面倒ごとを増やしたくないのは、本当なんだけどな。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 結局のところ、私達が王都に帰るのは、一週間後になった。


 精神力の使い過ぎダメージが、私の身体に思っていたより重く残っていたからだ。がっつり政務が待っているお忙しいクリストフ父様にはマーレの護衛で先に帰って頂いて……私は丸五日ベッドに埋もれ、ティアナ様とのんびりお話をしたり、疲れたらうたた寝したりと、完全休養させてもらったの。あと二日は、ふふっ、ちょっと伯爵領の観光をね。


 お話していてわかったのだけれど、ティアナ様はかなりの策略家。デビューしたばかりの少女みたいな顔をしながら、その可愛らしいお口から黒いフレーズが次々あふれ出るの。王都の令嬢様達の間で、一年前にはかなりの影響力をお持ちであったらしい。石化の呪いでブランクができちゃったわけなのだけど、本人は全く心配していない。


「ふふっ、私が弱みを握っている令嬢や貴公子は、多いですからね! それに王都に戻ったら『コカトリスの石化から生還した奇跡の令嬢』『噂の聖女が自身の命を懸けて救った娘』っていう、とっても素敵な肩書がつくわけですよ。これを利用しない手は、ないですよね!」


 うん、実にたくましいわ。カタリーナ母様とも個人的にとても親しいようだし、協力して社交界での王太子派プレゼンスを拡げてくれるんじゃないかな。私が出しゃばらなくて済んだら、ありがたいのだけれど……本当に苦手なのよ、社交は。


 そして、ティアナ様も、もふもふ好きだった。あっと言う間にクララにグイグイ迫って、その日の午後には彼女のしっぽにほっぺたをすりすりして、何やらうっとりしてる。上流階級には、獣人が好きじゃない方が多いと思っていたのだけれど、マーレ姉様と言いティアナ様と言い、私のまわりはさしずめ、もふもふ同好会の様相を呈してきたわ。ま、クララと仲良くしてくれて嬉しいけど、これでビアンカを紹介したら、さらに大変なことになっちゃうかも。


 クラウス様とヴィクトルは、見た目年齢が近いこともあって、すぐに打ち解けた。本当はヴィクトルの方がかなりおじ様なのだけどもね。魔剣グルヴェイグの話で興奮し、剣術の稽古でぶつかり合い……ヴィクトルが言うには純粋な剣術の腕では彼の方が上なんだって……夜にはお酒をたしなみながら、女性には聞かせにくい話で盛り上がったらしい。


 ティアナ様は一人娘だから、クラウス様は次期ご当主確定。彼は石になった婚約者を一年も想い、待ち続けた一途な方、信用できるわ。クリストフ父様は、伯爵様本人も含め、頼れる味方を手に入れたことになるわね。


 はあ~っ。私これだけ活躍したんだから、しばらくのんびりさせてくれないかなあ。

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