第134話 追跡
小部屋を借りてクララと支度していたはずの私が、大きな魔狼を連れて出て来るのを見て、伯爵家の方々は度肝を抜かれている。
「む。シャルロッテ嬢、その魔狼は……」
「緊急の時です、ロッテとお呼び捨てください。ええ、私の侍女クララは、このような業もできますのよ。そして魔狼の嗅覚と索敵能力は、猟犬などとは比較になりませんわ」
「む、ロッテ殿、ではその魔狼のお嬢さんが、我々を導いてくれると?」
伯爵様の問いに、魔狼になったクララがはっきりとうなずき、みんなに驚きが広がる。
「ええ、ですから戦える方はすぐに準備を」
「うむ、人数は足りないが、賊の類であれば十人やそこら、私が斬り捨てて見せよう」
「お待ちください、私もティアナを、ティアナを救いに参りたく……」
婚約者のクラウス様が、悲痛な表情で訴える。でも、右肩をざっくりやられているから、剣なんか握れないはずよ。
「うむ。クラウス君、その様子では無理だ。君がティアナを思う気持ちは十分わかった、ここで吉報を待っていてくれ」
「私は、待ってなどいられないのです。ティアナのために戦いたい、剣は操れないかもしれないですが、敵に体当たりしてでも……」
「しかし……」
う~ん、ダメだ。こういうシーンを見ちゃうと、放っておけないのが私なのだ。今は精神力をセーブしておかないといけない時だとわかっているけど、彼一人くらいなら……。
「クラウス様、少し待っていてくださいね」
「え、ああ。お嬢さん、何を……」
返事の代わりに私は聖女の杖を握り、深く息を吸って精神力を流し込む。そして……。
「我に力を与えたまえ、この者の傷を癒したまえっ!」
「うわっ、痛っ!」
クラウス様が思わず叫ぶ。うん、急速にケガを治すと、とっても痛いんだよ。私も姉様にやられたときは、熱くて死ぬかと思ったからね。
「……クラウス様、いかがですか?」
「うっ、おっ? むう? 痛くない、傷もふさがっている。これが、噂に聞く聖女の力なのか?」
「ええ。未熟の身ゆえ、これにて今日の聖女の力は打ち止めでございますが」
ひどいケガだったから、一気に精神力を持っていかれてしまった。もし石像が戻って来ても、力が足りないから今日解呪することは、絶対無理だな。
クラウス様はすっと立ち上がって傍らの剣を手に取り、びゅっと小気味良い音を立てて振る。
「ありがとう、聖女殿! これでティアナのところへ行ける! こと成った暁には、必ず貴女にはこの恩を返させてもらうぞ。義父上、参りましょう!」
武装を整えた伯爵様が無言でうなずく。私達は、すでに匂いをたどり始めたらしいクララのあとを、急いで追った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
クララは、私達が来た王都の方角とは反対に、敵を追っている。ゆっくりとだけど、決して立ち止まらず、着実に進んでいる。
彼女の後を追うのは、伯爵様とご家来二名、クラウス様と、やはりケガを押して参加を希望した執事さん。そしてヴィクトルとマーレ、最後に戦力外の私。クリストフお父様は完全な文官だ、失礼ながらこのような荒事には私以上に向いていないので、お邸でお留守番して頂いている。
「奴らは、街道を外れたのね」
「良かったわ、マーレ姉様。このまま南下されてモンフェラート帝国に向かわれたら、後を追えなくなってしまいますもの」
「しかし、なぜこんな脇道に? 間もなく森に入ってしまうわよ」
「そうね、この先に敵の本拠があるとは考えにくいから、一時的に森に隠れて私達をやり過ごそうとしているのじゃないかと思うけれど?」
「そうかもね……」
さっきからしゃべっているのは私とマーレだけ。ヴィクトルやローゼンハイム伯は落ち着き払っているけれど、クラウスさん達は緊張で言葉も出ないようだ。
「クラウス様、もう少し肩の力を抜いてください。そうしないと敵と対したとき、持てるお力が十分に発揮できませんわ」
「うむ、あ、ありがとう聖女殿。ティアナのことを思うとつい、気が高ぶってしまうのだ。しかし、君はか弱く若い女性だというのに、ずいぶんと落ち着き払っているのだな」
「そうですね。このような場面に、慣れているからでしょうか。それに、強くて頼れる仲間が、いつも必ず私を危険から守ってくれると、信じていますので」
そう宣言した瞬間にヴィクトルが私に意味ありげな視線を向けてくるから、黙って微笑み返してあげる。うん、貴方を信じてるからね。
「なるほど、お似合いの二人だ。結婚祝いはたっぷりと吟味したものを送らせてもらおう」
気の早すぎるクラウスさんの言葉に、私もヴィクトルも反応できず、ただ頬を染めた。
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