第133話 奪われた石像

 侯爵家の馬車は、王都の南にあるローゼンハイム伯領に向かっているところ。伯爵家の方々が騎馬で前後を守って下さっている。お邸まで半日弱の旅程と聞いているわ。


 馬車の中には侯爵様と私、王太子殿下から休暇を頂いてきたマーレ。そして騎馬でクララとヴィクトルがついてきてくれている。この間の監禁騒ぎで出番のなかったクララが、今回こそぜひにと志願したのだ。もちろんルルは、当然のように私の肩に止まっている。


 私のいで立ちは、東教会の上位聖職者が着るローブをベースに、紫色を基調としたアレンジを加えたものだ。「聖女っぽいお仕事」をするときに備えて、カタリーナお母様がドレスとは別に、内緒であつらえてくれていたの。とってもカッコ良いんだけど、生地はどう見たって最上級の絹だし縫製も一級品、怖くてお値段は聞けていない。


 そしてもちろん今日は、姉様から譲られた聖女の杖も、しっかり持ってきている。人間の石化を解くなんてのは初めてだし、ルーカス村で妖魔を解呪したときみたいに、雑にやったら大変なことになる。必要な精神力も桁が違うし、本気で聖女の力を使わないといけないからね。


「ローブ姿を見ていたら、なんだかロッテが本物の聖女に思えてきたわ」


「ひどいわマーレ姉様、正真正銘の本物よ。『もと』だけど」


 ちょっと照れくさいけどマーレを姉様呼びしてみる。そう呼ぶとマーレの頬が少し桜色に染まるのが、また嬉しい。


「あ~、腰が痛くなっちゃったわね。ロッテとお話しするために馬車にしたけど、騎馬の方が楽だったかも」


 うん、そんなこと言う令嬢は、マーレくらいだと思うよ。


「まあ、そう言うなマーレ。ほら、もうローゼンハイム領に入ったのだ。あと数十分で、伯爵の本邸に着くだろうさ」


 謹厳なお顔をふっと緩ませて、侯爵様がいつもの低いお声でマーレをなだめる。


 そのお言葉につられて、私も思わず外を見てしまうけれど、その風景は麦畑とジャガイモ畑が広がる、なんということはない普通の田舎だ。


 ローゼンハイム伯爵は根っからの武人で余分な事業をやることを好まず、ご領地の経営もひたすら堅実に、農民を大事にしつつ清貧を旨としているのだという。このご時世に珍しいことよね。まあ、領主が堅実な方が、領民は楽だわ。


 やがて領都を望む丘に差し掛かった時、反対側からものすごい勢いで騎馬の男性が駆けてきた。


「旦那様! お嬢様が、お嬢様が……」


「一体どうしたというのだ?」


「お嬢様を……お嬢様の石像を、賊に奪われました!」


「なんだと??」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 残る距離を一気に駆け、私達は伯爵邸にたどり着いた。


 伝統は感じられるけど古風で質素な、何とも言えない味のある居館。だけどそこは、血の匂いに満ちていた。


「申し訳ありません義父上殿。ティアナを、守れませんでした……」


「クラウス様が悪いのではありません、敵は十人以上で、不意討ちにて襲って参ったのです」


 苦痛に満ちた声で伯爵に詫びる男性の肩はぱっくりと割れ、鮮血が流れ出している。そうか、この方がティアナ様の婚約者だった方ね。クラウス様をかばう執事のこめかみにも、赤黒い塊がこびりついている。


「いや、皆よくやってくれた。クラウス君も、ティアナを守ってよく戦ってくれた。すべては私の油断、不覚によるものだ。それにしても、なぜ今になってティアナを……」


 伯爵の表情は苦い。令嬢が石にされてから一年もたった今になって、あえてその石像を奪う奴らがいるとは、普通は思わないだろう。だけど私には、その理由がわかっている。


「それは恐らく、私のせいだと思います」


「君の? いや失礼した、ハイデルベルグ侯爵令嬢、どうして貴女のせいになるのだ?」


「私が王宮で、石化の呪いを解く術を派手に見せてしまいました。そしてその業を行った私に、伯爵様がひざまずく姿も、多くの者が見ているでしょう。つまり、私が解呪のために伯爵邸に赴くことは、容易に予想できたということです」


「と、いうことは?」


「お嬢様の呪いを解かれては困る者達が、強硬手段に出たのではないでしょうか」


 私の言葉に伯爵が考え込む。まあ、ここはわたしが全て語るより、ご自身で結論を出して頂く方が、よいだろう。


「つまりは、ティアナの婿たるクラウスのリートリンゲン家、あるいは貴女のハイデルベルグ家と、私が結ぶことを妨げようという者か」


「ええ。その二家の共通点は、王太子派であること」


「すると、これは第二王子派の引き留め工作の一環と、貴女は言われるわけだな。そんな非道なことは……と言いたいところだが、ありうることだ」


 どうやら伯爵も納得されたらしい。あとは早くお嬢様の石像を探さないと。


「いずれにしろ、遠くへは行っていないはず。中央へ続く街道を進んできた私たちは、それらしい馬車とすれ違っておりませんから」


「しかし、どこを探せばよいのやら。街道沿いならともかく、我が領は森林が多く……」


 私は、クララの方をチラッと見る。彼女がうなずく。


「クラウス様。敵に負傷した者がいるようですわね?」


「あ、ああ。倒すには至らなかったが一太刀は浴びせた」


 クララの問いに、いぶかしげな顔をしつつ答えるクラウス様。なぜわかるのかと、その表情が語っている。


「それであれば、追跡はこの私にお任せください」


 あくまでクールに宣言するクララだった。


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