第132話 令嬢を救え
興奮しているローゼンハイム伯を侯爵邸にいざなって、細かい事情を伺うことにする。久しぶりの社交でぐったり疲れている私だけれど、あの真剣なご様子を見たら、すぐにでも対応しないわけには、いかないわよね。
「それで、娘……シャルロッテに頼みたいこととは?」
侯爵はさっそく私を、娘として扱ってくれている。ちょっと嬉しいかな。
「は、重ね重ねのご無礼、お詫び申し上げる。ご息女の聖女としての力で、娘にかけられた石化の呪いを、解いて頂きたいのだ」
「ご息女が、石化されていると?」
「そうなのだ。リートリンゲン伯爵家次男クラウス殿との縁組がまとまり、彼が婿入りするばかりであったが……偽の手紙で呼び出された森でコカトリスに出会い、石に変えられてしまったのだ。それから、もう一年近くになる」
「通常のコカトリスはおとなしくて、人を襲うような魔獣ではありません。おそらくは、魔獣使いに操られていたのではと……」
待ち構えていたようにぽんと私の肩に止まるルルを見て、伯爵様が驚きに眼をみはる。ことの経緯からして伯爵様がコカトリスにいい印象を持っているわけはないけど、ここはわかって頂かないといけないので、あえて連れてきてもらったのだ。
「聖女殿……シャルロッテ嬢は、コカトリスを使役しておられるのか?」
「いえ、使う使われるというような上下関係はありません。ルル……この子は私と共に生きる、家族なのです。そして、この子が石化術による魔力の流れを教えてくれたことで、私は解呪の術が使えるようになったのですわ」
「私達も最初は驚いたものですが、本当におとなしく可愛らしい子ですのよ。そしてロッテと心から信頼し合っていますの。先日ロッテがさらわれた時には、真っ先に急を告げてくれましたもの」
奥様のフォローで、伯爵様の眉間に寄ったしわが緩む。いつの間にか奥様が私を愛称呼び捨てにしてくれているのが、本当の娘になったみたいで嬉しい。私も、お母様って呼ばないといけないわよね。
「いずれにしろ、お嬢様が石になっておられるのですよね。まずは伯爵様のお邸にお伺いしてご様子を見させて頂いて、可能であれば解呪を施しますわ」
「おお、ありがとう、感謝する……侯爵様にも、深く感謝致す」
「では、明日にでも娘とともに伺うとしよう」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「はああ……疲れました……」
伯爵様がようやく辞去して、私達は湯浴みして普段着に着かえ、リビングでぐて~っとだらけている。きっついコルセットから解放されただけでも、天国だわ。
「ごめんねロッテ。あなたが社交に出てくれると言ってくれたからクリストフが張り切って、いろいろ仕掛けを詰め込んでしまったのよ」
「やっぱり、王家とのイベントは、しっかり根回しが出来ていたんですね……」
「まあ、そうだな。黙っていたことは謝るが、ロッテをうちの娘にしたかったのは本当の気持ちだ。いやだったか?」
常には謹厳なお顔をしている印象だった侯爵様が、口元にはにかんだような笑みを浮かべる。ずいぶんハメられた感じがするのだけれど、こんな表情をされると許せちゃうかも。これっていわゆる、ギャップ萌えってやつよね。
「いえ、そんなことは。むしろ、ロワールではお尋ね者である私を家族にするのは、侯爵家にとってよろしくないのではと……」
「そんなことないわ、侯爵家にとってはメリットしかないわね。マーレも言ってたけど、ロッテの魅力につられて侯爵家に近付く貴族がこれでもかと現れるわ。しばらくはお茶会のお誘いが引きも切らないでしょうね。もちろん婚姻の申し込みもたっぷりあるでしょうけど……それはもうお相手を決めているみたいだから、きっちり断ってあげますからね」
「婚姻」のフレーズが出たところで、私とヴィクトルが同時にぴくっと反応してしまったので、また侯爵様夫妻に笑われてしまった。
「でもねロッテ。貴女を養女にしたいと陛下に申し上げたのはね、そんな社交上の利益問題じゃないの。クリストフも私も本当に、そんな大きな力があるのに驕りも高ぶりもしないロッテを気に入って……それなのにとっても不安定な立場にいるのを、何とかしたかったのよ。侯爵令嬢の立場があれば、何でも好きなことが出来るからね」
「奥様……」
「違うでしょ」
「……お母様」
「よろしい」
リモージュの両親とは交わしたことのない暖かいやりとりに、なんだか思わず涙が出てしまった。クララがすかさずハンカチを差し出し、カタリーナお母様が本格的に泣いちゃった私の髪を、ゆっくりと撫でてくれる。
そこにお勤めから帰ってきたマーレが合流して、さらににぎやかになる。そしてお酒もちょっぴり入って気分がいっそうほぐれたところで、私はもう一つの疑問を口にする。
「あの~。今日のイベントは、概ね侯爵様……お父様がシナリオを描かれたのですよね。そうすると、さきほどまでおられたローゼンハイム伯のことも、織り込み済みだったということですか?」
「うむ。伯爵令嬢の石化については、知っていた。だからロッテが解呪の奇跡を見せてやれば、後日必ず接触してくることは予想していたよ。だが、まさか会場を出たところで突撃されるとは思わなかった、さすが速攻を旨とする軍人だ……驚かせて済まない」
「彼は……第二王子派、ということですのね?」
「さすがは怜悧な我が娘、というべきかな。そう、彼は国軍の将軍で、第二王子派にあっては軍事面の要だよ。まあ彼自身は第二王子に対して強い思いはなく、母親の実家が第二王子派のトップだというだけで属しているに過ぎないんだ。だから王太子派のリートリンゲン家との婚姻で、誼を結べるのではと考えていたのだが……」
ああ、やっぱりそうだったんだ。この腹黒い「新しいお父様」は、そのくらいの策略は、めぐらせるはずよね。
「すると、ご令嬢が石化されたのは、仲間を切り崩されないための第二王子派による妨害工作ということになるわけだわね。いやになるわ」
マーレがため息をつきながら言う。すぱっと竹を割ったような性格の彼女には、確かにこの手の陰謀は向いていないわね。
「だから明日は、できるなら令嬢の石化を解いてあげて欲しいのだ。伯爵の意を得れば、王太子のお立場は、一気に強化されるからな」
「……努力します、お父様」
う~ん、なんだかどんどん重たい宿題をもらっちゃってる感じがするんですけど!
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