第131話 いきなり侯爵令嬢
冷静になって広間を見ると、盛んに拍手して笑ってくれているのは、会場の右の方に集まっている人達。
一方左寄りの人は一応手を叩くふりしているけれど、白けた表情。バイエルンの貴族さん達も、露骨に分断されているというわけなのね。察するに右側が王太子派、左側が第二王子派ということか……ざくっと見たところ、数はいい勝負みたいだ。
「あら、シャルロッテちゃん。その胸に付けた石彫の蝶は……」
バイエルンという国では、王妃様もフランクだ。いきなり、ちゃん付けで来るのね。彼女が眼を付けたのは、ルルが石に変えた蝶。私達四人はそれをこれ見よがしに、ブローチのように胸に留めてきたのだ。国王様や王妃様が、いやでも注目するように。
「はい。精緻な石彫に見えますが、これは私と共に生きるコカトリスが、本物の蝶を石化したものです」
「本当に綺麗なのね……翅だってこんなに薄く……」
「お眼に留まったようでしたら、本日余分に持ってきておりますので、献上いたしましょう」
ハインリヒ様がすかさず小箱を三つ取り出す。中にはそれぞれ、石の蝶が。
「おお、これは見事なものじゃ。だが……この蝶はもちろん、命を失っておるのだろうな?」
「いえ陛下。この蝶たちには、まだ生命がございます。お望みとあれば、石化の呪いを解いて生きた蝶に戻し、もういちど羽ばたかせることが出来ます」
私の答えに、広間が疑いの声で満ちる。それはそうよね。コカトリスの石化を解くなんて……聖女の本場ロワールでも、レイモンド姉様くらいしかできない業だったんだもの、ついこの間までは。
「本当に……出来るのか?」
私は侯爵様に視線を送り、うなずいたのを確認する。そう、私は侯爵家の娘になってしまったのだから、当主の意向を斟酌しないといけないわけよね。
「出来ます、ご覧に入れますか?」
「うむ……」
陛下のお返事を聞いて、私は眼を閉じて精神集中する。「聖女の杖」は置いてきてしまったけれど、今の私は時間を掛けて精神力を練れば、杖がなくても同じように聖女の力が使える。レイモンド姉様だったら、時間を掛けなくてもぱぱっと出来るわけなんだけど。
「……この者達の呪いを解き、正しい姿に戻したまえっ!」
私達の胸にあった四つの石の蝶に色彩が戻り、その翅がゆっくりと動き出す。やがてそれが羽ばたきに変わる。そして蝶たちは、何事もなかったかのように宙に舞い上がり、広間を飛び回る。そのうち一匹が王太后殿下のお手にふわりと止まると、少しふっくらして優しげなお顔の王太后様が、少女のような喜びの声を上げた。
「すごいわ、ルドルフ! こんな素敵な魔法を見せてくれるなんて!」
「うむ、まったく……聖女の力というのは凄いものだ。ロワールに戦を仕掛けてはならぬな」
このレベルの力が使えるのは、レイモンド姉様と私だけでしょうけどね。でもあえてそれを口にする必要はないわ、戦争なんてない方がいいのだから。
「あらルドルフ、魔法なんかなくても、私はこの可愛らしいお嬢さんを気に入ったわ。ねえロッテちゃん、今度は私のお茶会にもぜひ来てね。ハイデルベルグ侯爵令嬢として、ね」
「それは楽しみねえ、私もゆっくりお話したいわ」
むむっ。何やら王妃様と王太后様に、気に入られてしまったみたい。しかも王妃様は、ハイデルベルグ侯爵の派閥……ようは王太子派を応援しているらしい。正直なとこ社交なんてめんどくさいだけなんだけど……私が仲間をいっぱい作れば、王太子派の力が強くなるということみたいだ。このしょうもない争いに決着がつかないとルーカス村のスローライフには戻れそうもないし……仕方ないか。
「ええ、喜んで参りますわ」
普段は厳格なお顔をなさっている侯爵様が、傍らでほくそ笑んでいる。今日はこの腹黒いおじさまにいろいろハメられてしまったわ、どう仕返しして差しあげようかしら?
◇◇◇◇◇◇◇◇
「素敵だったわ! ロッテの社交界デビューは、大成功ね!」
夜会が終わって会場を出る私達を、騎士のいで立ちをしたマーレが捕まえる。そう、マーレは王宮勤めの騎士、こういう会では警護を担当しているのだ。
「いや、ちょっと派手にやり過ぎたんじゃないかと……」
「だからいいんじゃないの! これで王都の貴族はみんなロッテに大注目よ。そして、ハイデルベルグ家と誼を結ぼうという動きも、どんどん出て来るでしょう。お父様の狙い通りになっちゃったわけよね」
「そうね、侯爵様……お父様にうまくハメられた気がするわ……」
私のあきらめきったようなつぶやきに、侯爵様と奥様が笑う。
「ごめんごめん。でもロッテ、貴女を妹と呼べるようになったことは、とっても嬉しいわ」
「うん、そこは、私も……マーレ姉様って、呼んでいい?」
「うわっ、嬉しい、可愛い!」
マーレが私をまた容赦なくぎゅうぎゅう抱き締める。まるでベアハッグ……ただでさえコルセットで苦しいおなかに、さらにダメージが。ぐええ。
そんな風にじゃれ合っている私達の足元から、不意に声が響いた。
「卒爾ながら、卒爾ながら聖女様っ! どうかお助け下さい!」
そこには、四十代と思しき貴族男性がひざまずいていた。グレーの髪に日焼けした肌、引き締まった容貌に、鍛え上げられた体躯。見るからに、軍人様って感じね。
「これは、ローゼンハイム伯ではないか。どうなされたのか」
「侯爵どの、ご令嬢の持つ聖女の力で、我が娘をお助け頂きたい。我が娘ティアナを……」
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