第105話 十七歳のバースデー

 結局、その後何も動きがないまま、一ケ月近くが過ぎようとしていた。


 そして季節が急速に冬の様相を見せ、初雪が降った頃……私は十七歳の誕生日を迎えた。


「おめでとう、ロッテ」

「ロッテ様、十七歳のお誕生日、おめでとうございます」

「おめでとうございます、ロッテお姉さん」

「ちぇ、せっかく五つ差まで追いついたのに、また置いていかれちゃったな」

(人間というのは面倒くさいものじゃの。齢をとるのがそんなにうれしいものじゃろうか)

(ママ、ママ!)


 本当におめでたいかどうかは別として、皆が祝ってくれることはとっても嬉しいわ。


「ありがとう、みんな。ロクなことが無かった十六歳の私だったけど、みんなに守ってもらったおかげで、こうやって楽しいスローライフが送れるようになったわ。十七歳の一年こそは、平和な年になると信じてる」


「ロッテお姉さん、そういうこと言うとフラグが……」


「そうですね。まあ、ロッテ様は勝手に面倒ごとを引き寄せる体質をお持ちですから、平和な年……というのは、そもそもご無理なのではと思いますが」


 まあ、カミルもクララもかなり失礼な子よね。私だって出来るだけ危ない目に遭いたくはないと考えてはいるのだけれど、なぜだか向こうから面倒ごとが近づいてくるのよ。決して、私のせいではない……と思いたい。


「お姉さん、私からのプレゼントです! 使って下さい!」


 そう言ってビアンカが差し出してきたのは、なにやら神秘的な容姿の黒猫と、一面のスミレが刺繡された、ハンカチだ。刺すにはかなり難しい絵柄だと思うのだけれど、とても上手に出来ている。


「まあ……可愛い! ありがとう、大事にするわね。綺麗だわ……いつの間にこんなに刺繍が上手になったの?」


 そう、ビアンカは奴隷にしてはとても大事に育てられ、教育も与えられてきたのだけれど、それはえっちな奴隷として売り飛ばすため。上流階級の趣味っぽい刺繍なんかは、教えられてこなかったはずだけれど。


「ええ、クララお姉さんからやり方を習いました。完成までに二ケ月くらいかかっちゃいましたけど。ロッテお姉さんをイメージした黒猫なんですが、気に入ってもらえましたか?」


 照れて頬を桜色に染めながら、何やら誇らしげなビアンカ。確かに、自信作なんだろうな……黒く輝く毛並みの再現といい花びらの色つやと言い、素晴らしい出来だわ。本当にひと針ひと針、精度が高い。


 私も一応貴族令嬢の端くれ、本当なら刺繍などさくっと出来ないといけないのだろうけれど、自慢じゃないけどとっても下手なの。黒猫なんか刺したら、生地が透けて灰色猫になっちゃうのは間違いないわ。なんだか令嬢のたしなみまで、あっさりビアンカに追い抜かれてしまったのはちょっと悔しいけど、とっても嬉しいの。思わず彼女を、ぎゅうぎゅう抱き締めてしまう。


「ロッテ様、私からはこれですね」


 クララが差し出すのは、ニットのショールだ。生成りの毛糸で編んであって見た目が少し地味なんだけれど、とっても目が細かくて、綺麗。


「うわぁ、あったかい……これからの季節、手放せそうもないわ。ありがとうクララ、忙しいのにこんな時間のかかるものを作ってくれて……」


「ふふっ。喜んでいただけて、光栄ですわ。ロッテ様のためだったら、いくら手間をかけても惜しくはありませんよ」


 またこうやって、私を甘やかしてくれるクララ。嬉しいからご褒美に、私から抱きついて、唇を重ねちゃう。でもみんなが見てる前だから、濃厚なのは無しね。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 カミルとヴィクトルからもなにやらプレゼントを頂いて……うん、とっても嬉しいんだよ。嬉しいけど……男の子に、プレゼントのセンスを期待しちゃいけないんだよ。ようは気持ちなの、気持ち。


(ママ! ぷれぜんと!)


 うわぁ、ルルまでなにかくれるみたい。クララが出してくれたそれは……とっても綺麗なクロッカスの花。だけどそのクロッカスをよく見ればその花弁は、冷たく硬質な石でできているのだ。野に咲いていた時の鮮やかな紫色をそのままに。これは、石細工で作れる代物じゃない、もしかして……?


「え? ルル? これ、ルルが石にしたの? ルルって、植物も石にできるの? すごく綺麗よ、ルルってすごいわ!」


(ルルすごい! ママよろこぶ!)


 褒められたルルが私の肩で、うきうき盛り上がり中。いい子よね……おなかのふわふわな毛並みをたっぷり撫でてあげる。気持ちよさそうに眼を閉じるルル、可愛いわ。


 それにしても、動物や妖魔はモノクロ灰色の石像に変わるのに、花を石化するとその色彩が宝石みたいに残るんだね。初めて知ったよ。


「それにしてもこれは見事なものですわね。もし好事家や貴族に売るのならば、かなりの高値が付くでしょうね」


「うん、そうね。だけどこんなものを一杯売ったら、目立っちゃって大変だよ。せいぜい、コレっていう貴族様に取り入る時の手土産に使うくらいじゃないかな」


 純真なルルと違って、クララと私の会話は不純だ。うん、だけど我ながらいいアイデアかも、いざとなったらルルに、頑張ってもらおう。


 ふと、ヴィクトルが不思議そうな顔をしてルルを眺めていることに気付く。


「どうしたのヴィクトル?」


「うん……ルルのことなんだ。ルルはずっと小さい姿のままで、ロッテの肩にいつも乗ってるよね。だけど俺の記憶だと、コカトリスって生まれて半年もたつと、人間と同じくらいの大きさに育つはずなんだ。ましてロッテの、魔獣を成長させる魔力をじゃぶじゃぶもらっているんだから、普通より成長は早いはずだしなあ、なんか変なんだよ」


 確かにそうだわ。最近のルルは、ひと睨みで上級の妖魔も石化できるようになっているし、魔獣としてとっても成長してる……だけど身体だけまだこんな小さいってのも、おかしいわね。


「なあルル、お前わざと、大きくならないように小細工してるだろ?」


「え? そんなこと、できるの?」


「コカトリスみたいな上位種だったら、魔力は必要だけれど、成長を抑えることもできると思うよ。必要な魔力は、ロッテの肩に止まってさえいれば、いくらでももらえちゃうわけだからなあ。で、どうなんだ、ルル?」


(あ、ばれちゃったか……だって、ママの肩が一番気持ちいいからねっ)


 ヴィクトルがちょっと迫ったら、あっさりルルがぶっちゃけた。それも、今までの幼児言葉じゃなくて、普通に女の子の言葉で。正確には念話だから、言葉と言っていいのか微妙ではあるけれど。


(大人の身体になっちゃったら、一日中ママにくっついていられないじゃないの! だから大きくならないように、自分に魔法を掛けているんだよっ)


「なるほどな。まあルルが大きくなってしまったら、ロッテの添い寝相手争いが激しくなるだけだから……そのままでも、いいか。もう成獣のコカトリスでも、今のルルには敵わないだろうし」


「え? 大人より強いの? あの、お母さんより?」


「間違いないね。ルルは普通のコカトリスだったら二百年分くらいにあたる石化魔法を、この半年で打ちまくって熟練してるんだ。石化についてはおそらく、大陸最強だと思うよ」


(ルル、強いよっ! ずっと一緒にいて、ママを守るよっ!)


 ふふっ、ほんとに可愛いんだから。精神はちびっ子じゃないってわかったけれど、ルルはやっぱり私の愛する娘なのよ。私は彼女のお腹の、ふわふわの羽毛をくすぐってあげる。ルルがまた、クワァと気持ち良さげに鳴いた。

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