第102話 ヴィクトルの気持ち
お疲れモードで早々と引っ込んだヴィクトルを追って、私は彼の寝室に入った。いつもの五割増し、お風呂に時間をかけた後でだけど。
彼は人型を維持しているだけで疲れるらしく、虎の姿に戻っている。床に敷いたブランケットの上で、ぐて~っと横になっているの。虎型ヴィクトルの体長は私の二倍くらいあるから、ベッドは意味をなさないのだ。
「ごめんヴィクトル。たくさん戦って働いて……もう魔力が少ないんだよね」
そう言って彼のお腹のあたり、白く柔らかい体毛に頬を寄せる。そのふわふわの感覚と匂いを味わったあとで、くるっと背を向けてヴィクトルのお腹と私の背中をぴったりくっつける。これが私からヴィクトルへの魔力チャージの、ルーティンだ。
(うん、ちょっとロッテ成分が枯渇気味かなあ。う~ん久しぶりに、魔力が染みて来るね)
「いろいろバタバタして……ほんとに、ごめん」
(気にしなくていいよロッテ。だけど実は、ちょっと気になってたんだよね。あのさ、マーレさんが帰った頃から、何だか俺、ロッテに避けられてるような感じがしてたんだけど……気のせいかな?)
あ、やっぱり、気付かれてら~的な。そりゃ、あれだけ私が挙動不審だったら、わかっちゃうよね。
「気のせい……じゃない……です」
(どうして? 俺を嫌いになるような話を、マーレさんとしたの?)
「ううんっ! それは違う、違うの。むしろ逆というか……」
(逆? マーレさんは、いったい何を言ったんだろうね?)
ああ、だめだ。こんな話をしていたら、余計意識してしまう。心臓が暴れて、止まらない。ええい、もうはっきりさせちゃおう。
「あのっ、ヴィクトル?」
(うん? どうしたの?)
「ヴィクトルは、私のこと好き?」
いけない、この表現はド直球だ、ストレートすぎる。だけど、口に出してしまったら、もう止められない。
(もちろん好きだよ。いつもそう言ってるだろう?)
あっさり返されたけど、この「好き」にはきっと深い意味、ないわよね。
「いや、あの、お友達として好きなのはわかってるけど、何というか……。え~と、その……『ずっと一生そばにいたい』的な好きは、どうなんだろうとか思ったりして」
ダメだ、恥ずかしすぎてつい、わたわたとキョドってしまう。何だかこれじゃ、私が彼に迫っているみたいじゃないか。
……すると、ヴィクトルの反応が、止まった。しまった、やっぱり余計なことを言っちゃったよね。きっと私の盛大な勘違いに呆れてるんだよね、どうやったらリカバリーできるんだろ、ああ、聖女の力で時間を巻き戻すとか、できないかしら……。
(……ロッテは、お婆ちゃんになるまで俺の気持ちに気付いてくれないんじゃないかと思ってたよ)
「え、それって、どういう……」
(俺はロッテが好き。もちろん『一生そばにいたい』の好きだよ。結構勇気を出して、伝えていたつもりだったんだけどなあ。こういうとこに鈍いのも、ロッテだよね)
「あ、マーレの言う通り……だったんだ……」
(そっか、あの優しいお姉さんに教えてもらったわけね。その意味では、俺もマーレさんに感謝しないといけないな。それで? ロッテは俺のこと、どう思ってるんだ? 好き?)
「もちろん、好き、大好きだけど……それが、男性というか雄としてというか、そういう意味で好きかと言われると、まだよくわからないというか……」
テンパっている私の耳に、はあ~っというヴィクトルのため息が聞こえる。
(うん、まあ、今晩は俺の気持ちがわかってもらえただけで、よしとするよ。だけど、これから魔力チャージの日は、俺の我慢大会みたいになっちゃいそうだね)
これまで意味不明だったこういう発言が、一気に理解できちゃった私。こんなにドキドキしちゃったら今晩眠れるのか、本気で心配だわ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
だけど、ヴィクトルのおなかは、極上のもふもふ寝具。
あんなにテンパっていた私なのに、その暖かさと柔らかさに負けていつのまにかぐっすりと、夢も見ないくらい安眠出来てしまった。むしろヴィクトルの方が、朝から何やら眠そうな風情ね。
「あらロッテ様、ずいぶんすっきりしたお顔をなさって……もしやヴィクトルさんに、想いを伝えられましたか?」
「ありがとクララ。うん、まあ、ヴィクトルの想いは理解したというか……」
「あら、それだけですの……ん、確かに、既成事実には至らなかったようですわね……」
「え? あ……なんでわかるのっ?」
「それは……匂いで……」
頬を桜色に染めつつ、クララがものすごく大胆なことをぶっこんでくる。そうだ、クララは嗅覚の鋭いイヌ科だった。
確かに図星ではあるのだけれど、そこをストレートに口にされると、かなり恥ずかしい。切り返すこともままならず、耳まで紅くなって固まってしまう私なのだった。
◆◆作者より◆◆
これにて第三部終了です。
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