第101話 後始末

 捕虜三人は、シュトローブルに連行した。


 最後にヴィクトルが片腕を斬り落とした士官は出血で命が危ない状況だったから、聖女の力を使って傷をふさいだ。姉様だったら失われた腕まで蘇らせられるところだけれど、私にその力はないし、さすがに侵入軍の指揮官にそこまでする義理もないわ。


 その茶色い髪と茶色の瞳を持つ士官は、助けられたことにいたく驚いた様子で、護送待ちの間にぽつぽつと自分のことを教えてくれた。


 士官はアルテラの貴族であるのだそうで、本来なら千人規模の部隊を率いる資格があるのだと言うが、事情があってゲリラ部隊の長となっていたのだという。このゲリラ戦術は皇帝自らの思い付きで始まったのだそうだけど……それが失敗したとなるとこの人、帰国できても苛烈な処罰が待っている可能性があるわね。


 私の方はあまり身の上話をすると、こちらの戦力がどんどんバレてしまうことになるから、ロワールから逃げてきてここに落ち着いた、という程度しか話せなかった。でもこの士官さんは、この村の戦力や私達の特殊能力を、すでに概ね把握しているだろう。貴族だったら、真っ先に捕虜返還対象になるだろうし……自分で判断したこととはいえ、次の戦いは、不意討ちが通じない厳しいものになるよね。


 みんなには、苦労掛けちゃうだろうな。


 最初は、いざとなったら深い森に逃げ込めばいいって思っていたけど、これだけ村の人達と関わってしまった後では、自分達だけ村を捨てて安全地帯に逃げ込むわけにもいかなくなった。あくまで村を守って戦わないといけないとすると……とれる戦術の選択肢は、多いとは言えない。村に仕掛けたあれやこれやの仕掛けが、本職の軍隊に対して、どこまで効果を発揮してくれるかなあ。


 今回アルテラ部隊を殲滅しちゃったことで、村人達の私たちに対する信頼はアゲアゲ状態だ。三十人程度の小部隊相手に、しかも不意討ちだったのだから、そんなに評価される勝利ではないのだけど、アルテラのゲリラ戦術にやられっぱなしだったルーカス村には、画期的な出来事だったらしい。みんなで私たちを賞賛してくれるのはよいのだけれど、


「俺たちも村を守りたい、戦いを教えてくれ!」

「聖女様だけに危険を背負わせるわけには行かねえ! 俺達もやるぜ!」

「何か私たちにも出来ることはないのかな??」


 こういう感じの、前向きなんだけど答えに窮する声が多いの。多少剣の修練をやったとしても、正規軍の兵隊に接近戦で敵うわけもないから。


 三日ほど悩んだあげく、村の人には男女問わず、ビアンカの指導で弓をひたすら練習してもらうことにした。そして子供や老人には、ひたすら矢を造ってもらうことに。


「皆さん、目標は五万本ですよ」


「ひゃぁ~。大変だけど、頑張るよ! それでお父ちゃんが助かるんだもんね!」


 すっごく無茶な数量目標をぶっつけているのだけれど、子供たちの眼は輝いている。その眼には信頼があふれていて……その信頼に応えないといけないんだよね、ちょっと重いわ。


「確かスローライフしたくて田舎に来たような気がするけど、全然スローじゃないわ。どうしてこうなるんだろ?」


「ロッテ様は、面倒ごとを引き寄せる体質ですからね。でも、私はロッテ様のそういうところを含めて、大好きなのですよ。ああ、ヴィクトルさんも、ね……」


 そこまで言ってくれて、嬉しいよクララ。でも、最後のそれは、恥ずかしいからやめて。本当に……ヴィクトルもこんな私を、好いてくれているのかな?


◇◇◇◇◇◇◇◇


「ロッテ様。ヴィクトルさんがお疲れの様子。そろそろ今晩あたり……」

「そっか、アルテラと戦った後、お兄さんはロッテお姉さんの魔力、もらってないよね」

「それじゃ疲れますよ、ぜひ今夜はヴィクトルお兄さんと。私はカミルと二人で寝ます」


 そうだった。戦いのあとのゴタゴタに紛れて、ヴィクトルに私の魔力をあげる機会が、まったくなかった。その間もヴィクトルはしょっちゅう人化して働いているから、いくら人化に慣れたと言っても、魔力が底をついているはずよね。それは三人に言われるまでもなく、わかっているんだ。


 だけど最近ちょっと、ヴィクトルへの魔力チャージへの……一緒にもふもふしながら眠るだけなのだけど……心理的なハードルが上がってしまった。ようは、彼と身体をくっつけることに対して、私が過剰に意識してしまうのだ。だって、マーレがいろいろ煽りまくって帰るんだもの……ヴィクトルが私を好きだとか、魔獣と人間は結ばれることが出来るとか。それ聞いた後で平静にヴィクトルと触れながら眠るとか、無理とは言わないけど、めちゃくちゃ恥ずかしい。


 そうはいえ、ヴィクトルの重い足取りを見たら、放ってはおけない。


「ヴィクトル? あの、今晩……一緒で、いい?」


「もちろんさ。待ってるからね。」


 私が思いっきり緊張してるのに、あっさり嬉しそうに答えられて、何かムカツク。でもまあ彼にとって、これはいつものことか。私の心の持ちようが変わっただけだもんね、怒っても仕方ないわ。

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