第100話 ゲリラとの戦闘

 アルテラ軍らしき一団の目的地は、やっぱりルーカス村のようだった。


 村に近づいて最近私達が建造した土壁を見つけた彼らは、しばし作戦を修正しているらしかったが、やがて新たな配置を決めたらしい。


 私たちは彼らの後方、小高くなった尾根のところから様子を窺っている。すでに作戦は決めた。ヴィクトルとカミルは人型で、クララとビアンカは獣化して待機している。


 アルテラの指揮官らしき男が、剣を抜く。


「行くわ! 雷光よ!」


 私の聖女の力「雷光」が、開戦の合図だ。


 一筋の稲妻が、杖を持っている三人のうち一番離れた兵に突き刺さり、一瞬で黒こげの骸に変える。アルテラ兵達は、電撃がどこから襲ってきたのかすぐには見極められていない、今がチャンスだ。


 森の下生えに隠れるように接近したクララとビアンカが、それぞれ杖を持った兵の残り二人に襲い掛かり、その首を切り裂く。これでおそらく、魔法担当の兵は全滅……いよいよ、シュトローブルギルドのエーリカお姉さんが「殴る系パーティ」と評した、ウチの攻撃陣の本領を発揮するときだ。


 クララとビアンカが次々とアルテラ兵たちに襲い掛かり、必死の反撃を躱しながら隙を窺って急所を穿っていく。そして一歩遅れてヴィクトルとカミルが剣を振るいつつ飛び込む。


 背負うのがやっとなくらい長いロングソードを振り回すカミルが、敵の予想を超える速度で防御の薄い足や肘、そして首に斬撃を送り込み、あっというまに数人を戦闘不能に陥れる。うん、やっぱりカミルは強いわ。竜化したらもっと強いんでしょうけど、火竜が本気で暴れたら、森が山火事で大変なことになっちゃうからね。


 だけど、魔剣グルヴェイグを手にしたヴィクトルの強さは、さらに別次元だった。彼の剣が描く軌道にあるものすべてが、切り裂かれるのだ。剣で受ければ折れ、盾で防げば二つ割りになる。グルヴェイグの一振りごとに、アルテラ兵の死体がひとつふたつと、転がっていく。


 そしてヴィクトルの剣筋は、思わず見とれるほど美しい。人型で初めて剣を握ってからまだ半年ちょっとしか経っていないのに、持ち前の資質と素直に教えを受ける姿勢、さらに毎日の鍛錬がその剣技を急速に磨いたのだ。決して魔剣に振り回されず、魔剣の主として使いこなしている感じ、やっぱりヴィクトルは、すごいわ。


 瞬く間に敵兵は、数を半数に減らした。残った兵が接近戦ではかなわないことを悟り、短弓を構える。三人の弓手が一斉にヴィクトルに向け矢を放ったときは思わず叫びそうになった私だけど、彼は落ち着いて一本を避け、二本の矢を何でもないことのように剣で斬り払った。獣の聴力と動体視力のなせる業よね、感心しちゃう。弓を放った兵の二人はクララとビアンカに体当たりされて失神、もう一人はなぜか動かないけど……あれって、石化しちゃったのよね。


(ルルもやくにたつの!)


 はいはい、ルルはいい子。最初の雷光一発を打った切りであとは藪に隠れていた私は、ようやく出番を得て得意げなルルの柔らかな羽毛をなでなでしてあげる。


 そうやっているうちに、最後まで立っていた指揮官がヴィクトルに腕を斬り飛ばされ、戦いは終わった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「あんた方が強いってことは知っていたが……これは本当に、一方的だな」


 侵入者の素性を確かめ今後の相談をするために、村長さんに来てもらった第一声がこれだ。まあ、敵が戦死二十八人捕虜三人、こっちは無傷。まあ、一方的って言うのは間違いないよね。


「あ、でも……難しい戦いではあったのですよ。相手の方が多数でしたし、おそらく魔法使いが三人ほどいましたから。私たちが不意討ちに成功して、最初に魔法使いを全員倒せたのがラッキーでした。接近戦なら、私以外は一人で十人分くらい戦えますし、ね」


「ロッテお姉さんの作戦勝ちだね。とっても楽だったよ」

「そうだな、魔法を恐れなくていいから、思い切り戦えた」


 カミルとヴィクトルが口々に褒めてくれるのが嬉しいけど、私はまた人を殺めてしまったのよね。それも、聖女の力である神聖魔法を使って。ますます西教会の言う通り「闇堕ち聖女」に一直線だわ。でも、落ち込んでなんかいられない。


「それで、この人達は……」


「ああ、アルテラの特殊部隊に間違いないな。冒険者っぽい格好をしているが、大事に持っているのはアルテラのグルデン金貨で、捕虜は大陸共通語が話せないとなれば、決まりだ」


 村長さんが確信をもって言い切る。それなら仕方ないわ、万一間違っていたらと思ったけれど、悪意を持って侵入してきた人達だから、こうなることも覚悟してもらわないといけないよね。


「いや、本当に助かった。こんな人数の兵隊が不意に襲ってきたら、被害は必ず出ただろう。あんた達が土壁なんかを造ってくれたから、ある程度は防げたと思うが……」


「敵は土壁を見てその場で作戦を組みなおしていました。その時間を利用してこちらが攻撃できましたので、壁のお陰で勝てたとも言えますね。皆さんに汗をかいていただいた甲斐がありましたね」


 そう、鉄モグラさんが最大の功労者とはいえ、村の男衆が暑い中懸命に盛り土をしたんだ。効果が出てよかったよ。


「うん、村の衆に言っておくよ、喜ぶだろう。さて聖女さん、この捕虜をどうするかだが……殺すか? シュトローブルに送るか?」


 うぐっ。やっぱり、それを聞かれちゃうよね。さっきから、さんざんそれを考えていたんだ。でも、私の意見は、たぶんみんなを苦労させることになる、それでいいのかな。


 思わず下を向いた私の右手を、人型に戻ったクララの冷たい両手が包んでくれる。ありがとうクララ。私は深呼吸して、そして村長さんに向かって宣言した。


「本当は殺すことが正しいのでしょう。シュトローブルに送ったら、捕虜交換でアルテラに戻る可能性があり、そうしたらこの村に私たちのような特殊戦力がいる情報が敵に流れてしまいます。次に彼らが攻めて来る時には、クララ達の獣化や、ヴィクトルの魔剣には、なんらか対策が施されてしまうでしょう……極めて不利な、村の人達には過酷な戦いになってしまいます。ここで殺してしまえば、その憂いはありません。でも、私はここで生き残った人には、生きて欲しいのです。生き残った意味を、考えて欲しいのです」


「そりゃ、聖女様がそう言うなら、仕方ないが……」


「理性で判断すれば、たぶん私の言っていることは間違っているのかも知れません。でも私は、無抵抗になった敵を殺めることは、できないのです」


 ダメだ、一生懸命我慢していたけど、限界だ。私の眼から、涙があふれ始める。


「ごめん、ごめん、みんな……」


「そういうロッテだから、みんなが一緒にいたいんだよ。だからロッテは、ありのままでいいんだ。俺達は、そのままのロッテでいられるように、頑張るから」


 私の左肩に暖かい手のひらをポンと乗せて、ヴィクトルが何やらとっても優しいことを言うの。何それ反則よ、心が弱っているときにそんなに優しくされたら……思わず頼ってしまう。


 結局私は、ヴィクトルの胸を借りて、彼のシャツがぐちゃぐちゃに濡れるまで、泣くことになってしまった。

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