第99話 マーレの来訪(3)
それから一週間、昨夜の深刻な話題を忘れたかのように、マーレは村の滞在を本当に楽しんでいるようだった。
昼間は一緒に森で狩りをするの。クララとビアンカが獣化するのを間近で見たマーレは眼を丸くしていたけれど、驚きが収まるやいなや狼姿のクララをがしっと捕まえて、もふもふすりすりしてウットリしてる。どうやらマーレも、私と同じ趣味がおありのようね……イヌ科のほうがお好みみたいだけれど。
森の岩洞にもご案内。カミルとヴィクトルが「秘密基地」と呼んでいるところね。二人がやたらと盛り上がっていろんなものを持ち込んでガラクタ部屋になりかけていたのを、クララがきちっと断捨離して、私たちが十日やそこら暮らせるように整えてくれた隠れ家だ。
「うわあ、ここ、何か冒険してるわって感じ満々で、ワクワクするわね。私も王都でなんかやらかしたら、ここに匿ってもらおうかなあ……」
「アマーリエ様なら、いつでも大歓迎いたしますわ」
「マーレ、よ」
「はい、マーレ様」
むむっ、獣化もふもふを体験して以来、マーレとクララの親密度が急上昇した気がするわ。嬉しいけど、少し妬けちゃうかも。
そして滞在最終日には、女性陣だけでシュトローブルの街まで出かけて、なんだかんだとお買い物。特に、服を選ぶのにたっぷり時間を使ったわ。バイエルンの最新トレンドに詳しいマーレが、みんなの服を選んでくれたの。ビアンカの胸が最近きつくなってきたみたいだから、ちょうどいいタイミングだったのよね。クララが侍女服以外のものを買うことを承知したのには驚いたけど。
「マーレ様のお見立てとあらば、袖を通さないわけには参りません……」
すっかり、マーレに落とされちゃった感じね。黒を基調としたシックな装いは、クールなクララの容貌をくっきりと引き立てる……さすが王都のお嬢様ね、見立ては確かだわ。
最後はみんなでこじゃれたレストランに入ってお食事。
「ねえマーレ、騎士に戻るか令嬢に戻るか、気持ちは決まった?」
「うん、もう少し、騎士を続けようと思うの。もうちょっと、王太子殿下に仕えたいし……それにあの『保護税』の件があるわ。あれを告発するなら、私が騎士でいた方がいいと思うの」
そこだけ声を低めて、マーレが真剣な眼で私を見た。
◇◇◇◇◇◇◇◇
マーレが王都に帰って、いつもの平穏な日常生活に戻った私達。
たまに来るヴァイツ村からの連絡将校がダニエルさんに代わったので、アルノルトさんの様子もわかるようになった。
彼は無事に調査活動を続けているようだけれど、やはり一人の力ではなかなか進んでいないみたい。こればっかりは、待つしかない。焦って危険なことはやらないでと何回も伝言したけれど……アルノルトさんは思い詰めているようだったから、ちゃんと聞いてくれるかな。
妖魔の石像は五百体を超え、防壁もまあまあいい線になってきたので、私たちは村内の作業を離れて、家族全員で狩りに出かけることが多くなった。雪が降る前に、出来るだけソーセージやらジャーキーやら、村の人の分まで考えて準備しておかないといけないからね。
クララが気配を探り、ヴィクトルとビアンカが獲物を追い詰める。猪や鹿、そしてオークみたいに肉が美味しい妖魔は屠り、ゴブリンやゲイザーみたいな食用に適さない妖魔はルルが石にする。すっかり決まった流れができていて、順調極まりないわ。この調子なら、村で消費できないくらいのお肉が獲れそうね。湖畔の村にでも卸そうかしら。
週に一回くらいは、「隠れ家」である岩洞や炭焼き小屋を基地に、一泊二日の狩りもする。ここ数ケ月、快適な村のログハウス生活に慣れてしまった私たちだけど、野営もやっぱり楽しい。クララのキャンプごはんも、やっぱり絶品だしね。
焚火ごしに人型のヴィクトルと時々眼が合うのだけど、こないだマーレに煽られたことを思い出して、つい視線を外してしまう私。そのたび彼が寂しそうな表情をするのが申し訳ないのだけど、なんだか恥ずかしいし、自分の気持ちにもまだ確信が持てないから、許して欲しいな。
そんな感じで、今週も炭焼き小屋に一泊しながら猪を五頭、オークを二体、鹿を三頭獲って、ほくほくと村へ帰ろうとしていた矢先、クララが変な気配に気づいたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「変な気配って?」
「かなり先の方ですけど……三十人くらいの人間が列をなして進んでいます。ルーカス村の方に向かっているようですが……」
「このへん間道もないから、商人ならこんなところは通らないわね。盗賊団か……」
「あるいは、噂の隣国、アルテラの奴らか、ってところか」
う~ん、ヴィクトルの推測のほうが、可能性高そうね。
言っちゃ悪いけどルーカス村には盗賊が持って行って美味しいものは若い娘くらいしかないけど、その割に守りが堅い。それなら街道に出て商隊を襲った方がリスクに対する実入りは、良いはずだ。一方、アルテラ軍の目的は、国境近くを荒らして治安を乱すことなのだから、前線基地であるヴァイツ村に近接するルーカスを襲うのは、大きな意味がある。
気付かれない程度に急いで、侵入者の後を追う。私とカミルは音を立てずに進むことはできないから、獣化したヴィクトルに乗せてもらうのだけど。
やがて侵入者達の姿が見えてきた。大半が揃いの革鎧とショートソードのいで立ちだが、不思議な形にねじれた杖を持ったやつが三人ほどいる。
「あれは、やっぱり軍隊ね。装備も動きも、統制が取れすぎているわ」
(そうじゃな、兵に間違いないようじゃ。だがあの格好であったら、殺されても捕らえられても、冒険者でございますで誤魔化せるということであろうよ)
修羅場に一番慣れているグルヴェイグの見立ても同じだ。村に被害を出さないためには排除するしかないけれど、あんな大人数の兵隊と戦うのは初めてだ。それも、敵国に少数で侵入するなんて人達だから、たぶん特殊な訓練を受けてるよね。大丈夫かな……?
(大丈夫だよ。俺達はロッテを信じて、戦うだけさ)
ヴィクトルが何やらまたカッコいいことを言うの。私の頬がまた少し紅くなったけれど、とっても勇気が湧いてきたわ。やるしかないでしょ。
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