第98話 マーレの来訪(2)
「う~ん、頭痛い……気持ち悪い……」
きっちり二日酔いにやられた私。みんながもう朝食を食べて、働きに行こうとしているのに、私だけベッドを離れられない。そう、今までせいぜいグラス一杯半くらいしか飲んだ経験なかったのに……昨日はどれだけ飲んじゃったのだろう。
「ロッテがこんなにお酒弱いんだったら、途中で止めさせておけば良かったよ……」
対照的にケロリと平気な顔をしているのはマーレ。騎士さん達と飲み比べをしてもほとんど負けないんだって。うわばみ姫と飲んだ私がバカだったわ。
「俺達は仕事に行くけど、本当に置いていって大丈夫?」
そういって顔をのぞきこんでくるのは、よりによってヴィクトルだ。あの、近い、近過ぎるからっ! 昨日の今日で……心臓が暴れるのが止まらない。
「う、うん、ごめんね、サボっちゃって。昼くらいには、元気になるから……」
「また、顔色が紅くなった。さっきまで青白かったのに……まだ調子悪いんだね」
それは貴方のせいよ、ヴィクトル。貴方が悪いわけではないんだけどね……
「大丈夫、マーレもいてくれるし、大丈夫だから……」
「うん、わかった……無理しないでね」
そう言って……ようやく私の心臓を揺らす元凶が、出かけていった。マーレが一生懸命笑いをこらえているのが、何かしゃくだわ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「今日は村のまわりを案内するはずだったのに……ごめん」
私が動けるようになったのは結局、太陽が真上に昇った頃。せっかく来てくれたのに、ごめんねマーレ。
「くっくっくっ、こんな面白いロッテを見せてもらったんだから、いいわよ。まだ苦しいんでしょ、遠出しないで、村の中を案内してよ」
そう言ってくれるマーレに甘えて、今日のところは村内観光で許してもらうことにした。ルルだけ連れて、村をぶらぶら。
「まあ、何もない村なんだけどね」
「これが『何もない』って言えるロッテは、やっぱり面白いわあ……」
あ、そうか。妖魔の石像が四~五百体もガンガン並んでる農村なんて、大陸中探しても、他にはないわよね。
「それも、これ全部彫像じゃなくて、本物の妖魔が石化したものなんでしょ?」
「うん。そうじゃないと、鳥除け妖魔除けにならないからね」
「こんな使い方を考えつくなんて、感心しちゃうわ」
「あ、実は本当の狙いは別で……」
マーレの耳元で、本来の目的をゴニョゴニョとささやく。ネタバレすると意味のない策だから、そこらへんは家族にしか話していなかったのだ。彼女の眼が丸くなる……うん、驚いてもらえたみたいだ。
「うわ、確かにそれは……有効だと思う。でも、そんなことをやる羽目にならないことを祈ってるわ。それより……この石像の活用法、もう一つ思いついたのよね」
「え? 何?」
「これだけ大量の石像が並ぶ壮観な眺めって、人を呼べると思うの。ちょっと王都の社交界なんかで噂を流せば、結構な観光名所になるのではないかしら?」
「その発想はなかったけど、確かに観光客は喜ぶかもね。入場料を取ったり、飲食店を出したりしたら、村人達の暮らしは良くなるかも……村長さんに考えてもらおうかしら」
「ロッテがやれば? いっぱいおカネが稼げるわよ?」
「私たちはスローライフを求めてここに来たんだから、忙しく働くつもりはないの。森で狩りをしたりキノコや山菜を採って、農作物と交換して……そんな生活でいいのよ。妖魔の討伐で少しは贅沢するおカネもあるし、ね」
「そっか、そうよね。ロッテは平穏に暮らしたくてバイエルンに来たのだったよね、ヴィクトルさん達と一緒に、ね」
意地悪なマーレは、そこでわざわざヴィクトルの名前を出すんだ。私はまた頬に血が昇ってしまう。もうその件は、カンベンして欲しい。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その晩は、お酒抜きでまじめな話をした。ヴァイツ村の「保護税」に関わる件だ。
「うわあ~、ちょろまかすとかいう規模じゃなくて、ずいぶん大掛かりに領地ぐるみの不正を働いているわけね。その会計監がひとりで頑張っても、暴くのは難しいかもね」
「ねえマーレ、この辺りは、王室直轄地なのよね? こんなやり放題やったら、簡単にばれてしまうのではないの?」
「うん……それが、そうでもないのよね。バイエルンの王室直轄地は全国にたくさんあるから、それぞれ別々の王子に分割管理させているの。シュトローブル地域の担当は……第二王子マルクス殿下ね」
「え? よりによってあのバカ殿様なの? でも、あの方は領地の経営なんかに、興味はないはずだよね?」
「そう、マルクス殿下は周りからちやほやされることにしか興味のないお方、面倒な統治は、自分を指示する派閥の腐敗貴族達に丸投げしているのでしょうね。だからこんな大胆に私腹を肥やされても、気付いていないんだと思うわ。この送金リストも露骨だわあ、第二王子派の重鎮がずらっと並んでいるもの。あっ、これは近衛第二連隊長……彼もマルクス殿下派だったのね、知らなかった、これは要注意だわ」
「でも、バイエルンの後嗣はもう、第一王子のルートヴィヒ殿下に定まっているのよね。今さら派閥を強化したって……」
そう、後嗣が決まっていないロワールと違って、もう明確に次期国王が決まっているバイエルンで、いまさらせこい手段で勢力強化を図る必要ないんじゃ?
「そうでもないの。バイエルンは武断的性質の強い国でね、過去何回も王位の武力奪取が行われているわ……表向きは健康の問題による譲位というように繕っているけれどね。王太子指名が終わったからと言って、これで安心とはならないのがこの国なのよ」
細く濃い眉が寄せられ、切れ長の青い眼に鋭い光が満ちる。大人っぽい美貌のマーレだけに、真剣に怒るとものすごく怖い。
「この件は私にも荷が重そうだわ、お父様に相談してみる、書類も預かるわ。慎重にやらないといけないけど、うまくすればマルクス殿下を擁する腐敗貴族を一掃できる、チャンスだしね」
マーレが、鋭い眼光のまま、にっと口角をあげた。
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