第91話 妖魔狩り(2)

 上位種のマンティコア一体、中位種のゲイザー二体、そして下位種のオークやゴブリンが合わせて十九体。しめて妖魔の石像二十二体が、今回の成果だった。このほかに二十体くらいゴブリンがいたのだけれど、クララやビアンカが倒してしまっていたのだ。


「ヴィクトルさんの巨躯なら妖魔を殺さず跳ね返せるでしょうけれど、私たちの体格ではなかなか……申し訳ございませんわ」


 人型にもどったクララが、殊勝にかしこまる。


「ううん……無理を言ったのは私だから」


 そう、あんなに数多い敵に囲まれて「殺すな」なんて無理だよね。でも、みんな精一杯私の望みをかなえてくれたよ。


「ルルの石化がこんなに連続で使えるなんて……お姉さんに触っているからですよね」


 ビアンカの指摘は、おそらく正解だよね。コカトリスは一発石化を使ったら魔力が枯渇するから安全って、聖女教育でも習ったから。二十発以上撃って平然としているルルは、ちょっとおかしいよ。


(いや、ロッテだけのせいじゃないな、ルルの魔力容量が大きいんだろう。ほら、旅の間ルルがずっとロッテの肩で石化を練習していただろう……あれで鍛えられたんじゃないか?)


 あ、そういえば。また、やらかしちゃった感満点だ。こんな可愛いルルを、規格外コカトリスに育ててしまったのか、反省。でも、ルルはいい子だし、石化を悪いことには使わないから、いいよ……ね!


「しかし……こんなに多くの石像、どうやって運ぶんだ?」


 そうだった。村長さんが発した至極まっとうな疑問に、頭を抱える私なのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 結局村の人を一杯動員して、妖魔の石像を回収する羽目になった。みんな何も言わないけど、とっても迷惑かけてる感。ごめんなさい。


「で、この気持ち悪い石像をどうするんだ?」


 日焼けマッチョの村長さんが疑問を呈する。まあ、そうなるよね。


「これを村に続く道や、畑の境界に並べるのですよ!」


「はああっ?」


 遠慮して口に出さないけど、顔に「何言ってんだ、この阿呆な小娘は?」って書いてある感じよね。


「まあ、ダマされたと思って……お願いします」


 あまりいい顔をしない村人さん達を説得して、最初の二十といくつかを、区域を区切って畑のまわりに点々と並べた。


 そして数日後。村長さんがすごい勢いでわたし達の仮住まいに飛び込んできた。


「これはすごいな! まさかこんな効果があるとは……」


 何を言われているかよくわからないままに彼に連れられ、ビアンカやルルと一緒に石像を置いた畑を見に行く。季節は麦の種をまいて、芽が出る頃。


「あら、いい感じに芽が出てきていますね、素敵」


「それはいいことなんだが……次に魔物を置かなかった畑を見てくれ」


 そこは、あちこち細かく掘り返され、穴だらけになった麦畑。運良く残った麦は芽吹いているけど、さっきの畑と比べると、三分の一くらいしかないんじゃないかな。これは、野鳥の仕業ね。


「随分、やられちゃってますね」


「この辺は森から野鳥がたっぷり来るから、この状態が普通なんだ。だがさっきの畑だけが無事ってことは……」


「そういう、ことでしょうね」


 落ち着き払った感じで、どやっと応える私だけど、実は鳥除けの効果なんか期待してなかったから、内心結構驚いている。そうか、石化したとはいえ、妖魔の像は結構な魔力をまとっている……害鳥はそれを恐れて、近寄れないんだね。嬉しい副次効果というべきかな。


「さすが聖女様だ……妖魔を祓うだけじゃなく、それを暮らしに役立てるとは。いや恐れ入ったよ」


「光栄ですわ」


「お姉さんは聖女の修行で、森羅万象を学んでおられますからねっ!」


 ちょっとビアンカ、それは盛り過ぎというものよ。だけどもう騒ぎを聞き付けて村人がぞろぞろ集まって来て、後に引けない感じ。


「おお、長年苦しんできた害鳥が寄ってこねえとは!」

「こんなに芽が出るなら、種まきは半分でいいねぇ!」

「西の聖女様ってのは、すごいんだねえ……」


「あはは。まあ、予想通りでしたわ……」


 村人たちの歓声に囲まれ、仕方ないからあいまいに笑ってごまかすしかない私。う~ん、狙っているのは違う効果なんだけどなあ。まあその目的は、当面内緒にしないとね。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 農作物を守る効能を見せてしまったおかげで、妖魔の石像集めに対する村人の関心は、アゲアゲ状態だ。


「聖女さん、もっと妖魔を集めましょう!」

「村中を石像で囲まないとな!」

「狩りは聖女様しか出来なくても、運搬や護衛は任せて下せえ!」


 いやいや、いくらこの辺の森に妖魔が多いと言っても、そんな一気に狩れるもんじゃないから。こないだの魔物が湧く沼だって、しばらく放っておかないと回復しないんだよ。


 盛り上がっている村人さん達に何を言っても通じない。まあ、鳥害がないだけでも農作物の収穫は五割増しになると言うし、眼の色が変わるのも仕方ないか。かくしてヴィクトルとカミルはめでたく建設作業をクビ……もとい免除となり、私とビアンカ、そしてルルとともに妖魔を求めて毎日森をうろつきまわる羽目になったのだった。


 目当ての妖魔は、ポツポツとしか捕まえられなかったけれど、このメンバーで森に出かければ、これでもかってくらい獣が狩れる。猪や鹿、はては熊まで持って帰ったので、村の人たちは大喜び。もちろん私達だけでは夕食を肉祭りにしても食べきれないので、村で分けて、代わりにパンやジャガイモなんかを分けてもらうの。もうちょっと余裕が出来たら小麦とライ麦をもらって、ブドウの酵母なんかを使ってロワール風のカンパーニュを焼いてみたいわ。


 二週間くらいの間に。何とか五十体くらいの石像を手に入れた。南の森に洞窟があって、そこにも妖魔が湧いているという情報をもらったので、一気に収集が進んだのだ。


 洞窟の入口で妖魔を迎え撃てば、側面や後ろに回り込まれる危険がない。ヴィクトル達が前面の壁になって、ルルが石化を発動するだけ。私に至っては「ルル、次はアレね!」と指さすだけというお気楽さ。ここにマンティコアはいなかったけれど、スケルトンがいた。剣や斧といった武器を操る結構強い妖魔だけど、今回ヴィクトルは人型で魔剣グルヴェイグを手に戦っていたから、防ぎとめるのは簡単だったみたい。


「ロッテが斬るなって言うから、それを守る方がたいへんだね」


 うん、ごめんね。スケルトンみたいな中位種の妖魔は、ぜひコレクションに欲しいからね。


 そんなこんなで村の東側を中心に、妖魔の石像を増やしていった。そしたら、さらに村人を喜ばせる効果が現れてきたんだ……村に妖魔が来なくなったのよ。三日に一体くらいは畑に現れ、大騒ぎして討伐していたはずの下位種妖魔が、さっぱり姿を見せなくなったのだ。


「やっぱり、これも石像を置いているせいなのか?」


「ええ村長さん。ロワールでは、鳥の害を防ぐために、殺した害鳥を畑にぶら下げるような習慣があります。そうすれば鳥は恐れて近づかないというのですね。まあ、これはその応用でしょうか。妖魔だって石にされたくは、ないでしょうからね」


 今度もまた、どやっと胸を張って答える私。ま、鳥除けは意外だったけど、妖魔に対するこの効果は予想していた。このまま妖魔の襲撃が減ってくれればラッキーだけど、本当の目的は違うの。その目的は……みんなに反対されるかもしれないから、まだ言わないわ。

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