第90話 妖魔狩り(1)

 翌日から早速、私とビアンカとルルで、妖魔狩りを始めたの。


 さすがこれだけ深い森に接していると、黙っていても二日に一体くらいは村の近くに妖魔が近づいてくるのだそうだ。このあたりにはヴィクトルがいた森みたいに、妖魔を狩る上位種魔獣がいないから、そもそも妖魔が多いのね。


 畑や牧草地に妖魔が現れると、私達が全速力で駆け付ける。大概はゴブリンか、せいぜいオーク程度の弱い敵なので、ヴィクトルやクララの力は借りない。だって、ヴィクトルを連れて行ったらゴブリンなんか一瞬で引き裂いちゃうから、私の狙っていることが、できないんだもの。


 今日の敵はオークだ。こっちを人族の女の子と見て取ると、急にバカにしたような様子で、悠々と近づいてくる。私はあえて聖女の杖も構えず、丸腰で立ち向かう。オークがよだれを垂らしながら近づいてくるのは気持ち悪いけど、あえて眼をそらさないのがポイントだ。そして二十歩ほどの距離まで接近したとき、オークの好色そうな表情が変わる。そうでしょうね、足が急に動かなくなるのですもの。そして見る間にその顔と姿勢のままで固まり、冷たい石像に変わっていくんだ。私の肩の上でルルがクワァと鳴く。


「うまくできたわね、さすがルル、上手よ!」


(ルル! ルルじょうず!)


 こうやって徐々に、私はルルが持つ石化の業を使って、妖魔の石像を増やすことにしたんだ。村に迷い込んでくる下級妖魔なら、ルルが石化を使うまで私とビアンカで十分足止めできるから、危険も少ないしね。


「う~ん、このペースだと、欲しい数が揃うには一年くらいかかっちゃうかな?」


「え? ロッテお姉さん、妖魔の石像をいくつ集めるつもりなんですか?」


「あ、うん。最終的には、五百は欲しいかな。それと……オークやゴブリンみたいな弱いのじゃなくて、少し強い妖魔もいるといいかなと」


「お姉さんが何を考えているのかわからなくなってきました……それだったら、お兄さんやカミルに手伝ってもらって、東の沼で狩ったらどうですか?」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 そんなわけで建設作業を一日さぼってもらって、みんなで「東の沼」に出かけた。村長さんから聞いたんだけど、東に二時間くらい歩くと瘴気漂う黒い沼があって、妖魔が次々湧き出しているんだって。村長さん自らの案内でたどり着いたそこは、数十体の妖魔が集う、まさに危険地帯。ゴブリンだけじゃなくて、中位種妖魔のゲイザーが数体、上位種のマンティコアが一体いる。


(これは手ごわいな)


 サーベルタイガー姿になっているヴィクトルが念を送ってくる。同じく獣化しているクララとビアンカも、同意するようにうなずいている。


「うん。でも、どうしても妖魔の石像が欲しいの。マンティコアを石にできたら最高ね、ルル、石化を連発してもらうけれど、大丈夫?」


(ルル! ルル、ママいればへいき!)


 ようは私の魔力を吸い取っている限りいけるということみたい。うん、たっぷりあげるよ。


「じゃ、みんなは私とルルの側面と後ろを守って。前面は大変だけど、カミルが盾になって欲しいの。殺さないで跳ね返すだけだから、難しいのだけど……」


「うん、剣も相当うまくなったから、問題ないと思うよ。でも上位種が来たら、下っ端は斬るからね」


「それでいいわ。ありがとう」


 みんなそれぞれのポジションに着いたところで、カミルが沼に向かって思い切り石を投げる。気付いた妖魔たちが一斉にこちらに向かってくるのは、さすがに怖い。


「悪しき者たちよ、弱体化せよ!」


 私オリジナルの神聖魔法「弱体化」を、とっても控えめな強度で、広い範囲にかける。本当は石化させる前に弱体化させたくないのだけれど、全力で殺到されたらヴィクトル達も手加減できなくなる。だから少し動きが鈍くなる程度にね。力の加減がうまくいったかどうか自信なかったけど、いい感じだったみたい。妖魔たちの動きがバラバラになって、みんなが「殺さず防ぐ」ことができているわ。


「ルル! まずあの目玉をやって!」


 私の指さす方向には、二体のゲイザー。聖女だった時に重傷を負わされた記憶があって、苦手な妖魔の一つだ。空を飛んで魔法も使うから、真っ先につぶさないと。


(ルルいいこ!)


ルルの紅い眼が光ると、たちまち一体が石化して墜落する。良かった、割れなかったみたい。もう一体はカミルの棍棒で後退して、体勢を立て直して襲ってきたところで同じようにルルの餌食になった。


「ルルすごいわ! カミルもいい感じ、ありがとう!」


 いつも長剣を背負うカミルだけど、今日は棍棒と盾。相手を殺さないで足止めし、時間を稼いでほしいという私のめちゃくちゃ勝手な要望を、無理してでもかなえてくれようとしているんだ。ホントにいい子だよね、どうかケガしないで。


 さらに二体のオークを石化したところで、魂まで揺らすような咆哮が響いた……上位種マンティコアだ。獅子の身体に人面というアンマッチな姿は……本物の獅子より、数倍怖くて気持ち悪い。ヴィクトルがすかさず巨体を活かして体当たりで後退させてくれてるけど、その代償として、鋭い掻き傷を肩に受けている。


(こいつは強い、殺さない前提じゃ、あまり長く持たせられないぞ!)


「うんっ! ルルいける?」


(ルルできる!)


 再度ルルの眼が光り、マンティコアの速度ががくっと落ちたけれど、石化の効果が不十分みたいで、右半身はまだ動いている。


(くそっ、こうなったら)


 ヴィクトルは毒づきつつ、マンティコアの自由が効かない左側に回り込み、飛び掛かり馬乗りになってその動きを押さえつける。妖魔は必死で逃れようとし、ヴィクトルの前脚に噛みつく……あれは痛そう。


(頼むロッテ、早くやってくれ!)


「ルル、大丈夫?」


(ルルいいこ!)


 そして二回目の石化で、完全にこの上位種妖魔も、動かざる石像になった。


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