第86話 ルーカス村

 防壁からわらわらと出てきた開拓村の人達が、遠巻きに私達を囲んでいる。


 まあ、あまりに怪しいよね私達。村人さん達から見れば、サーベルタイガーや魔狼を従えた少女と子供……よく見れば肩にコカトリスが止まっているという、超不気味集団。眼の前で村を襲っていた妖魔を片づけたという事実がなかったら、私達が攻撃されていても、おかしくないだろう。


「あの……すみません。私達には害意はないですので……」


 カミルに剣をしまわせて、ヴィクトル達にも集合してもらう。私のまわりにちょこんとお座りをした二体のサーベルタイガーと一体の魔狼。なんか可愛いよね。本当はみんな人型になってごあいさつすればいいんだろうけど、ここで人型に戻ったら、みんな全裸になってしまうから。ヴィクトルは気にしないでしょうけれど、クララやビアンカは、お嫁入り前なんだから、絶対ダメよね。


「ああ、おそらくあんた達は悪い奴じゃないんだろう。俺達も疑っているわけじゃないんだが、女子供の安全を考えると、な」


 話しかけて来た人物は三十歳ちょっとかと思われる屈強そうな男性だ。大柄ではないけど、肩にも胸にもすっごい筋肉がついている。何をやったらあんなにマッチョになるのかしら。引き締まった顔は適当に日焼けしてて、視線は鋭い。その声はわずかにかすれ気味だけど、それが結構渋い味を出していて……ようはかなり素敵。


「あ、あの。私達はロワール王国から流れて来た者です。私はシャルロッテ……ロッテとお呼びください。男の子はカミル。肩に止まっているのはコカトリスのルル、もちろん皆さんを石に変えたりしませんから安心してくださいね。座っているサーベルタイガーはヴィクトルとビアンカ。魔狼はクララです」


「上位種の魔獣を四体も従えているのか……」


「あっ、魔獣はヴィクトルとルルだけです。ビアンカとクララは獣人なのですけど、獣化の業を使って一時的に魔獣の姿をとっているだけですから」


 全部タネ明かしをするとあとで困るんじゃないかな~という考えが少し頭をよぎったけれど、これから一緒に住まわせてもらうかもしれない人に、嘘ついちゃいけないよね。


「なんと……上位種の血を引く獣人はまれに獣化できるが、ものすごく魔力を食うからポンポンできるようなものじゃないと聞いているがな……」


「まあそこは、秘密の魔力チャージの方法があるのですよ」


 さすがにそこまで開示しなくても、いいだろう。それに、添い寝やキスでチャージとか、あまり乙女としては、言いたくないからね。


「ふむ……いや、失礼した。まず助力に対して礼を申し上げねばならなかった、ありがとう。今日襲来したゴブリンはいつもになく数が多くて、正直困っていたところなのだ」


「どういたしまして。妖魔から皆さんを守るのが冒険者のお仕事だとギルドで聞いておりますから」


 いつもの習慣で膝を折り、カーテシーをしようと思ったら、今日はスカートではなかったわ、これは失敗。


「そうか、冒険者であったのか。貴女のように稀有な能力を持つ魔物使いはギルドでも重宝されるだろうな……」


「『とりあえず魔物使いと名乗っている』だけですけどね」


「『とりあえず』?」


「そこをお話しすると長くなるのですが……できれば、彼女たちが人型に戻れる場所を、お貸し頂けますか?」


 そう、このままだとビアンカとクララが疲れちゃうからね。


「これは失礼した。早速用意しよう、まずは我が開拓村ルーカスへようこそ」


 渋いマッチョのお兄さんが、右手を左胸にあて左腕を横に差し出す貴族式の礼で、私達を受け入れる意思を示してくれる。ふうん、この方はそれなりのご身分の方なのかしらね。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「助けてもらったのに十分な礼も出来ておらず申し訳ない。今回の襲撃は規模が大きく不意打ちだったこともあり、ケガ人も出ていてバタバタしていてな……」


 私達を村の集会所みたいなところに案内してくれたマッチョお兄さんが、すまなそうに弁解する。気にしなくてもいいのに。ビアンカとクララ、そしてヴィクトルも人型に戻って、供された紅茶をちびちびとみんなで頂いている。お茶なんか高価なのに、無理していないのかしらとちょっと心配。


「あの……ケガ人というのはどの程度か差し支えなければ……」


 私の悪い癖。聖女だった頃の意識が抜けなくて、ケガをした人がいれば癒やさなければならないとか、つい思っちゃうんだ。癒しの力なんか使えば、素性が一発でバレちゃうのにね。


「腕の骨折が一人、足の捻挫が一人、そして毒刃にやられたのが一人……これは助からないだろう」


 ああ、ゴブリンの毒刃は……姉様ならともかく私の聖女の力では無理だ。でも、他のやつは何とかなる。ちょっとクララの顔色を窺って、彼女がうなずくのを確認してから、私は口を開く。


「あの……腕や足のほうなら、私が癒やせるかも知れませんが……」


「何? それは助かる、ぜひ頼みたい」


 足の捻挫の人は、小道沿いの大きな石に腰かけていた。私は遠慮しつつ聖女の杖を構え、練り上げた精神力を右手に集める。


「この者の傷を癒したまえっ!」


「ひぃっ!」


「あ、痛かったですか??」


「いや、びっくりしただけで……ん、お……痛くない、痛くないぞ、治ってしまった!」


 何度も足踏みをして痛みがないのを確認してる。あまり乱暴にはやらないでね、またケガしちゃうから。そして遠巻きに見ていた村人から、おおっというような歓声が上がる。


「あ、あれが噂に聞く、ロワールの聖女様ってやつじゃねえか?」

「こんな田舎にそんな尊い人が来るわけねえ」

「だが村長の話じゃ、あの娘さんはロワールから流れて来たらしいぞ」


 あら、あの渋みの利いたマッチョお兄さんは、村長さんだったみたいね。


「あの、失礼だが……貴女はいわゆる『ロワールの聖女様』なのか?」


 そのマッチョな村長さんが、恐る恐るって感じで尋ねてくる。まあこんな力を見せちゃったんだから、隠しても仕方ないよね。


「ええ、『元聖女』ですけど」


 それを聞いた村の人たちがドン引きした気配。あら、これ言っちゃ、マズかったのかしら?


「そうか……こんなところまで来られたのにはいろいろ事情がおありとは思うが……まずは次のケガ人を診て頂けるだろうか」


 マッチョ村長さんの言葉遣いが、なんだかどんどん丁寧になっていくのが不気味だわね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る