第85話 いきなり戦い?

「午前中には村に着きそうですよ~」


 亜麻色の髪をふわんと揺らしながら、ゆるふわ系美少女ビアンカが明るく励ましてくれる。


「二つある村の、一つ目ってことよね?」


「そうですね。一つ目は他の地域から移住してきた人たちがゼロから拓いたいわゆる開拓村だそうです。その先にもう一つ大きい村があるんですが、そっちは国軍が国境地帯の森を守るために建設した軍事拠点という意味が強いそうで……いわゆる屯田村だとか。もちろん普通の住民もたくさんいるそうですが」


 またまた情報収集能力を見せつけてくれるビアンカ。本人は自慢するでもなく、ただにこにこしているんだけどね。


「そっか。軍人さんがたくさんいるんだとすると、最後の村は避けたいよね」


 兵隊さんも騎士様も嫌いじゃないけど、こないだバイエルンの変な王子様ともめたばかりだ。できるだけ王室と直接つながる人たちには近づきたくない。ここは国王直轄地だと聞くし、そこにいる軍はつまり、王室直属ってことだからね。


「そうなると、一つ目の開拓村に期待ですね、お姉さん!」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 たどり着いた開拓村の周囲は、先端を鋭く削った丸太を密に植えた、厳めしい防壁に囲まれていた。まあこれ自体は、魔の領域たる深い森に接する村の仕様としては、珍しいものではない。珍しいのは……たった今その防壁を挟んで、妖魔と村人が戦っている真っ最中であるということだ。


「ゴブリンですわ! かなり多数……」


 クララの言葉通り、押し寄せてきている妖魔は……数十体のゴブリンだ。村人は防壁を頼りに弓で応戦しているけれど、相手の数が多くて対応しきれていない感じ。このままではすぐ防壁にとりつかれてしまうだろう。


 う~ん、この間イリアの村で何百体のゴブリンと戦ってぶっ倒れて以来、私はゴブリンと聞くとややトラウマなのよね。だけど……放ってはおけないわ。


「加勢するよな、ロッテ?」 


 そう口にするヴィクトルはもう上着を脱いでいる。ビアンカもためらいなく上半身をさらし、スカートに手を掛けているところだ。クララはもはや獣化を始め、その背中はつやつやした暗灰色の毛に覆われている。


「……仕方ない、やるわ! 弱体化を掛けるから、私を近くまで連れていって!」


 私は獣に戻ったヴィクトルに飛び乗る。乗馬ズボンをはくのはあまり好きじゃないんだけど、やっぱり騎乗するには便利よね。ゴブリンの群れがすべて視界に入るまで近づくと、私は手早く聖女の力を発動する。


「悪しきもの達よ、弱体化せよ!」


 期待通り、ほとんど全部のゴブリンに、何らかデバフがかかって動きが極端に鈍くなる。そこにサーベルタイガーのヴィクトルとビアンカ、魔狼のクララが一気に躍り込んで、蹂躙していく。ものの一分くらいの間に、ゴブリンはその三分の一が先頭不能に陥っていた。


(先日のゴブリン戦と比べると、ずいぶん楽ですわね)


(そうだな、数が一桁少ないからな)


 呑気な念話を交わす余裕さえある頼れる仲間たち。そして私の前にはカミルが長剣を構えて仁王立ち、運よくヴィクトル達の爪を逃れたゴブリンを、確実に葬っていく。


(ふむ、これでは妾の力を見せる場所がないの。主が獣になってしまってはの)


 出番のない魔剣グルヴェイグがやや、すね気味だ。まあゴブリン相手なら、獣の姿で引き裂いていく方が、効率良く倒せるからね。


(気をつけよ! 後方にもおるぞよ!)


 グルヴェイグの鋭い注意に振り向くと、どこに隠れていたものか三体のゴブリンが、おなじみの毒刃を握ってするすると近づいてくる。カミルがすかさず反転して一体を斬り捨てるけど、残る二体がそれをかわして私に迫ってくる。近接戦闘は苦手だけどそんなことは言ってられないし、聖女の杖を素早く肉弾戦モードで構える。


……と、私に向かってきたゴブリンの動きが、いきなり止まった。まるでそこだけ時が止まったように。そして見る間にゴブリンの身体から色が失われてゆき……五つを数えるくらいの間に、そこにはまるで天然の安山岩から削りだしたような妖魔の石像が、二体鎮座しているのだった。


「あれ? あ、もしかして?」


 ある予感をもって首を横に向けると、そこには得意げにくちばしをうごめかせるルルの姿があった。そうか、やっぱりか。


「すごいわ、ルル。もうゴブリンみたいに大きな獲物まで、石化できるようになったのね」


(ルル、ルルすごい!)


 ルルの言語能力が急成長しているような気もするけど、石化の呪いもすごい上達だわ。練習していただけのことはあるわね。


「守ってくれたのね、ありがとルル」


(ルル、ルルいいこ!)


 ふふっ、可愛いんだから。そのつやつやした羽根を、なでなでしてあげる。ルルは気持ちよさげに眼をつぶって上を向き、何やらのどをグルグル鳴らしている。


 私達がのんきに親子交流をしている間にも、ヴィクトル達は戦っていた。まあ、上位種の魔獣が三体もいる上に、私の「弱体化」が効いちゃっているのだから、彼らにとっては軽い運動みたいなものでしょうけれど。


 そして最後に残ったゴブリンののどを、クララが軽々と引き裂いて、戦いは終わった。

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