第84話 ルルの石化術
「ビアンカ。その村ってのは、まだ遠いのか?」
「ええ、半日は歩くって言ってました。その先にもう一つの村は、さらに一日歩くそうですよ」
「なあロッテ、俺、虎に戻って君を乗せた方がいいんじゃないか?」
久しぶりの強行軍にへばりかけている私を見かねて、ヴィクトルが声を掛けてくれる。ありがたいんだけど、人が通るかも知れない道でサーベルタイガーの姿は、マズいと思うの。
「陽も傾いてきましたし、お疲れならばこの近くでキャンプに致しましょう。ちょうど水場が近くにあるようですから」
相変わらず耳がいいクララが、ありがたい提案をしてくれる。みんなも異存なく、少し小道から離れた沢近くに、手際よく野営準備をしていく。一番役立たずなのは、相変わらず私なのだけれど。
◇◇◇◇◇◇◇◇
クララの調えた美味しいキャンプごはんを片づけて、みんなで焚火のまわりで暖を取りつつ、お茶を頂く。ああ、幸せだわ~。
ルルは、焚火を不思議そうに見ている。コカトリスもサーベルタイガーと同じく上位種だから、火を恐れないのね。
(ママ! ママ!)
「はいはい、焚火を石にしたらダメよ」
(ルル!)
うん? 今の返事は「そんな馬鹿なことはしない」という意味だろうか。ルルは生まれて間もないというのに、もう石化の業を身に付けて、そのへんを飛んでいるトンボなんかを時折石に変えたりしている……練習のつもりらしい。石化を覚えるのが早かった理由も、きっと私の魔力よね。その上ルルは旅の間ずっと私の肩に止まっているから、私の魔力吸い取り放題みたいで、魔力切れを気にせずやたらと石化を撃ちまくっていてその威力と精度はものすごく向上しているのだ。私達としては、人に向けて石化をやったりしないように教育しないといけないわけだけど、そこは幼いながら、理解しているみたい。かくして私達の荷物には、石のトンボや蝶々がやたらと増えてきたというわけなのだ。大きな動物や妖魔も、じきに石化できるようになるだろう。
「お姉さん、この石化って、解けないのかな? 石になったらずっとそのままなのかな?」
「確かに疑問ですね。石化の呪いは強力ですが、呪いには大抵それを解く方法があるものです。解呪となると、それは聖女様や聖職者のご領分。ロッテ様が一番お詳しいのでは?」
カミルのいかにも子供らしい質問の答えを、私は持っている。
「うん、聖女の力に『解呪』っていうのがあるよ。ただ雷光や浄化より難しくて、ロワールでは姉様しかできなかったことだと思うけど」
「ロッテが解呪できるのなら、ものすごく便利だけどな」
「あらヴィクトル。聖女関係で私を煽ってもムダよ。レイモンド姉様っていう最高の聖女を間近で何年も見てきたんだから、自分の力にうぬぼれることなんか、無理無理!」
「また、ロッテの低すぎる自己評価が始まったね。ロッテのお姉さんがすごいのはわかったけど、それはロッテの力が低いということとイコールではないよ。眼の前に実験台がいっぱいあるんだし、せっかくだから試してみたらどうかな?」
ヴィクトルの前向きな励ましは、ちょっぴり嬉しい。そうだね、うまく出来なくても、試してみるくらいは、いいか。
レイモンド姉様から譲られた聖女の杖を手に取り、精神力を流し込む。しばらく聖女の力を使っていなかったけれど、ルルが余分な魔力を使ってくれているからか、ますます調子が良くなっている気がするわ。らせんを描いて戻ってくる精神力を感じた私は、石化した蝶々に左の手のひらを向け、つぶやいた。
「この者の呪いを解き、正しき姿に戻したまえ……」
次の瞬間、灰色だった石の蝶に、色が戻った。そしてその触角が、羽根が少しずつ動き、やがてその動きははばたきに変わり……蝶は何事もなかったかのように、舞い上がった。
「うそっ……私に、解呪できちゃった?」
「ほらね、ロッテの力は、まだまだ伸びしろがあるんだよ。これからまだまだ、強くなれるんだよ」
「ありがとヴィクトル……何か突然に、精神力の流し方が理解できた気がするの。聖女だった時は、丁寧に教えてもらっても、それが理解できなかったのに……」
(はぁ……そなたは何かと鈍いおなごじゃの。そなたが解呪を理解できるようになったのは、そのひよこちゃんのお陰、じゃよ)
私のつぶやきに、魔剣グルヴェイグの念話が割り込んだ。
「ええっ? ルルのお陰なの?」
念話はヴィクトルにしか聞こえてないはずだけど、突然魔剣に話しかける私の姿にはもうみんな慣れっこになっていて、変な子扱いされることはなくなっている。
(そうじゃよ。そのひよこちゃんがここ数日そなたの肩の上で、最上級の呪いというべき石化の業を連発しておったわけじゃ。じゃから、その呪いに伴う『気の流れ』に触れる機会が、そなたには何十回とあったはずじゃろ? 呪いを掛ける『気の流れ』を理解できれば、それを解くことも容易になろうというもの)
そうか、やっとわかった。ルルが私の肩で石化を発動するとき、とっても不思議な気の流れが感じられたんだ。私は、無意識にそれを覚えちゃっていたんだね。
「そっか、ルルが私に教えてくれたんだね、ありがと」
(ルル! ルル!)
嬉しそうに私の頬に頭を擦り付けるルル。ホントに可愛いんだから。
まてよ。ルルが石化できて、私がそれを解呪できるとしたら、かなり有効な使い道があるかも。これから暮らす拠点の、役に立つような……。
急に考え込んだ私を、みんなが不思議な眼で見ていた。失礼ね、私だって真面目に考えること、あるんだから!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます