第83話 落ち着くとこ、探すよ!

 翌日から、早速郊外探検に出る私達。


「南側の森は山登りみたいですから、ロッテ様には無理ですわね」


 うぐっ。ストレートに言われると悔しいけど、確かに私は山が苦手。最後は雪山……とかお姉さんが言ってたしここは素直に、南はやめとこう。


「うん、そうなると、北まわりで湖の向こう……東の森を見に行こうか」


「はい、そのつもりでキャンプの準備もして参りましたわ。三日ほど帰らないと宿屋に伝えてございます」


 う~ん、もう私が何を言い出すか、お見通しってやつなんだねクララ。以心伝心って言えばかっこいいけど、なんかクララの手のひらで踊っている私、って感じ? まあ、いいわ。


 シュトローブルの城壁から東に広がる湖はとても大きい。ロワール王都郊外の湖とは比較にならない……アルフォンス様と休日の旅に過ごした、あの湖。水面を見つめていると、ついあの頃を思い出してしまう。もう過去のことと割り切ったはずなのに。


「ロッテ様……」


 クララが遠慮がちに私の名を呼ぶ。ビアンカもカミルも、そしてヴィクトルまで私に気づかわしげな眼を向けてる。いけない、こんなとこで暗くなってる場合じゃないわ。


「うん、何でもないよ! さ、新しい私達の住処を探そ!」


 明るく振舞ったつもりだけれど、ちょっと不自然だったかしら。肩に止まったルルだけが、陽気にクワァと鳴き声で応えた。


 湖の北側は、緩やかな傾斜の丘陵地帯だ。平地には麦、斜面にはブドウが栽培されていて、かなり豊かな土地みたい。だけど、ギルド受付のエーリカお姉さんが言ってた通り、森が全くなくて、せいぜい雑木林というところだ。里山としてはこれもいいけど、いざというとき隠れるところがないのは、私達のようないわく付き団体が落ち着くところとしては不向きね。百歩進んだら方向がわかんなくなるような森じゃないと。


湖岸沿いに馬車がちょうど一台通れるくらいの道が、東に向かって続いている。二時間もあるくと周囲は森になり、三時間くらい歩くと、おあつらえ向きの暗い森になった。


「うん、これなら湖の東側、期待できそうね」


「エーリカさんのお話では、アルテラ兵が時折略奪に来るとか。そこだけが懸念ですわね」


 私の安全にかかわることになると途端に慎重になるクララ。まあ、何度も守ってもらってるから、何も言えないんだけど。


「深い森を越えて来るんだから、小部隊なんだろ? それだったら獣化すれば何とでもなるよね。するとやっぱりロッテお姉さんだけだよね、心配なのは」


「うむ、この地域に住むのなら、ロッテを一人にしてはいけないな」


 あれ? クララだけじゃなくて、カミルやヴィクトルまで過保護モード。


「そんなに、私って頼りないかしら?」


「そうではありません。みんながそれだけロッテ様をお慕いしているということですよ」


 む、たしなめられてしまった。でも、大事にしてくれてるのは本当だし、素直に守ってもらうとしよう、とりあえずは。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 細い道は、南と東に分かれている。


「南へ行くと一番大きい湖岸の村、東は小さな二つの村だそうです」


 ビアンカが訳知り顔で教えてくれる。そう、ビアンカはシュトローブルの街でまれにみる聞き上手ぶりを発揮して、冒険者ギルドメンバーや宿屋のおかみ、食堂の給仕さんに可愛がられながら、私達に役立つ情報をいっぱい手に入れてくれたのよね。うん、こんなほんわかケモ耳美少女に「教えて?」なんて言われて、断れるわけないよね。そう、こればっかりは同じケモ耳美少女でも、クールビューティ系のクララにはマネできない技ね。


「湖岸の村はシュトローブルに船で行けますし、お店なんかも揃って、比較的暮らしやすいと、魔法使いのお姉さんから聞きました」


「ふうん……それじゃ、まず湖岸の村に行ってみるべきかな」


 確かに、良い村だった。片側は湖に面し、三方を森に囲まれた村は豊かに小麦やライ麦が実っている。おうちは、三百戸くらいかな? 湖で獲れる新鮮な魚を食べさせてくれる食堂も、髪をカットしてくれるお店も、服や靴を扱っているお店も、刀や農具を造ってくれる鍛冶屋さんまである。住民も獣人に抵抗がないみたいで、虎耳ほんわか美少女ビアンカなんかもう人気者になっているわ。


 そして村はずれにしつらえられた公園から湖を望む風景は、あのロワール王都郊外の、アルフォンス様と過ごした湖畔に、とても良く似ている。思わず立ち止まってしまう私……ヤバい、もう吹っ切ったつもりだったのに、何かが眼からあふれてきそうだ。


「残念ですが、この村はやめましょう」


 クララがいつものクールな表情に、少し切なげな色を浮かべて宣言した。


「え? いい村だと思うよ?」


「だめです。ここに居ては、ロッテ様が後ろを向いてしまいますわ。私共の望みは、ロッテ様にいつも明るく前を向いて頂くことですわ」


「……そっか」


 そうかも知れない。アルフォンス様と結ばれることはもうないってわかってるのに、二人で過ごした場所に似た風景を見ただけで、こんなに動揺しちゃうんだものね。


「ありがとクララ。ごめん、なんかまだ引きずっちゃってるよね。うんもう大丈夫……だと思うけど、私達は東の村に行こう」


「はい、どこまででもお供いたしますわ」


 結局、クララの首にしがみついて、もういっぺん泣いてしまう私なのだった。

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