第77話 姫騎士様
ようやく気づいたけれど、私は宿屋の客室らしき部屋で、久しぶりのベッドに寝かされていた。
そしてクララが示す方向を見ると、そこには一人の女性がひざまずいている。齢は私より四つ五つ上かしら……大人の女性だけど、あのリーダーよりは若いわね。柔らかくウェーブを描く紅茶色の髪に真っ白な肌、切れ長の眼と、姉様を思い出すような深い青の瞳、強い意志を感じさせる唇……うん、かなり綺麗なひとかも。
「あ、ずっとそんな姿勢でいらしたのですか? もう少し楽になさって下さい……」
どうもこの女性、ひざまずいた姿勢でずっと私が目覚めるのを待っていたらしい。
「いえ、当方が貴女様になした狼藉を思いますと、とても……」
う~んこの女性、おカタいわあ。やっぱり冒険者じゃないわよね、この異様なまでの物堅さは。かつて聖女であった私には、こういう雰囲気を持ったお知り合いがたくさんいる。この人、おそらくは……。
「貴女、騎士様でいらっしゃいますね?」
「……おわかりになりましたか」
「貴女のようにおカタい冒険者さんなんて、いらっしゃいませんから。そうするとあのリーダーさんがご主君で、周りの皆さんは護衛騎士様であったということでしょうか?」
「……はい、ご明察の通りです」
「ご主君がどなたであるのか、お伺いしても?」
「誠にお恥ずかしい次第ながら……正直に申し上げます。第二王子マルクス殿下でいらっしゃいます」
「はあぁっ?」
そう言えば城に帰ってどうとか言ってたけど……あれは王城のことだったんだ。
ひゃあ~、バイエルン入国早々に、やらかしてしまったわ。王家か教会に守ってもらおうとか考えていたのに、さっそく王子を敵に回すなんて。だけど、そんなの予測できないよ、あんな粗雑で乱暴な男が、王族だなんて。う~ん、この国も、ヤバいかもな~。
「え、あ、その……マルクス殿下は、ずいぶんと型破りなというか砕けた方というか……ぶっちゃけ失礼ながら、おかしな王子様ですわね?」
我ながら失礼な申しようとは思うけれど、だって本当に変なんだもの。
「は……いえ、誠に、おっしゃられる通りで汗顔の至りです」
「王子が冒険者をされているなんてのも意外でしたが、今日のご様子を見た限りでは、あまり冒険者として民のために役立っているとも思えませんでしたが……」
そう、冒険者ってロワール国にはあんまりいないけれど、バイエルンでは国民生活に必須、たくさん必要とされているのよね。
両国の違いは、聖女がいるかどうか。神から与えられた使命として聖女が全力でバリバリ妖魔を狩ってくれるロワールと違って、そういう制度のないバイエルンでは、民の生活を脅かす妖魔や害獣を倒すために、おカネでそれらを倒してくれる冒険者が必要なのだ。だから冒険者に要求される最重要事項は、民を妖魔から守ること。
う~ん、ちょっとあのリーダー……じゃなくて王子様なのか、あの人がその務めを果たせているとは思えないよね。だって魔獣の卵と石の区別もつかなくて、しかもそれを教えてくれた娘を、いきなり蹴り倒すような奴だよ。
「はい、まさに。殿下が冒険者の真似事を始められた当初は、民のことを憂えて自ら危険を冒し妖魔と戦う王子……というように民衆から讃えられて、一時は王太子である第一王子殿下をしのぐ人気を得たのです。実際にはゴブリン程度を、それも同行する護衛騎士が討ち取ったものであったのですが。ただ、ことあるごとに聡明な王太子殿下と比較されてきたマルクス殿下にとっては、素晴らしい成功体験であったようで……いまだにこの通り冒険者もどきを続けている次第で」
「もどき……と、部下の貴女がおっしゃるということは、実際には役に立っていないと?」
「ええ。最近は財宝探しのようなものに凝って、ゴブリンやオークの討伐といった地味な活動に興味を示されません。まあそこは、我々が時折倒した妖魔を、殿下がご自分の成果として国民に宣伝するのですが……」
「ご自分は討伐に参加されていないのに、成果だけ持っていくというの?」
「はい。ただ、そういった宣伝もそろそろ効果がなくなってきた模様でして。むしろ先ほどのように、昼間から痛飲しては罪なき民や……女性に狼藉を行うようになってしまって。それを目にした国民の間にも殿下の悪い評判が広まっているのです」
そうね、あの様子じゃ、仕方ないわね。私が一生懸命説明しても、聞いてくれなかったし。上に立つべき人は、まず人の話に耳を傾けられる人でないといけないわよね。それに、女性に狼藉って……そういう意味よね、絶対に許せない。
「本当に申し訳ございません。その埋め合わせというわけではありませんが……王都においでの際には、この私にご連絡頂ければと。実家でぜひおもてなしを差し上げたいと存じます」
実家って? ああ、王子様の直属騎士になるくらいだから、この女性も高位貴族のご令嬢なのよね。
「あ、はい。でも今日の一件で、王子殿下に睨まれてしまいましたので、王都なんか行って大丈夫かなと」
「そこはご心配なく。私と、我が父がお守り申し上げます。貴女様はロワールの、それも高いご出自の方、何かご事情があってこのバイエルンにおいでになったものとお見受けいたします。ご希望であれば、王太子であるルートヴィヒ殿下につなぎをつけることも、可能でございますが?」
げげっ。このお嬢様騎士は、かなり正確に私の素性を推測しているわ。聖女追放騒ぎのことまでは、耳に届いていない様子だけれど。
(この騎士は異端審問のことまでは知っておらぬわ。じゃが、この者からは邪気は感じられぬ。ひたすら正義を求めるがゆえに騎士となったのであろうな、信じてもよいぞ?)
不意に頭の中に飛び込んでくるのは、魔剣に宿る女神グルヴェイグの念話だ。確かに、戦う者の人物判断に関しては、グルヴェイグが一番経験豊かかも知れないわね。ここは、信じてみようかな。
ちらっとクララに視線を送ると、彼女が小さくうなずく。グルヴェイグの念話が聴こえているであろうヴィクトルも、異を唱える様子がない。
うん、どこかでバイエルンの上層部とコンタクトしなきゃいけなかったわけだし、この正義感あふれる姫騎士様に、全部ぶっちゃけちゃおうか。
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