第76話 ヘンな冒険者
街の入口にある看板によると、この町はハンメルブルグというらしい。しっかりした石畳の通りの両側に、綺麗な三角屋根の家がびっしりと並ぶ、可愛い街。街並みを見ているだけで、楽しくなる。
だけど今は、観光している場合じゃない。コカトリスの卵を早く探さないと。
「コカトリスのお母さんの話だと、ガヤガヤ賑やかな人の声と、カチャカチャ金属がぶつかる音がするって言ってたわよね?」
コカトリスによると、卵の中にいるヒナに聞こえている音が、念話を通して聴こえるのだという。かなり離れているのに、すごいわよね。親子の絆が、人間よりはるかに強いんだね。
「カチャカチャ金属……というのは、食器が鳴る音なのでは? さらに人の声がうるさいところと言えば、酒場という可能性が高いのではと推察しますが」
さすがクララ、鋭いわね。ビアンカもうなずいている。よし、まだ昼間だけれど、開いてる酒場を探すわよ。
昼間から飲める酒場は、いくつもあるみたい。呑気な街なのね。三軒ほどは空振りだったけれど……四軒目のちょっとお高めのダイニングバーに、目指すモノがあった。
真ん中のテーブルを占領して、昼間っからボイルしたソーセージを豪快にかじりながらエールをぐいぐいやっている冒険者パーティーふうの男女。そのリーダーとおぼしき若い男の眼の前に……虹色に輝く、子供の頭くらいの石。でもあれ、石じゃなくてコカトリスの卵なんだよね。早く返してあげないと。問題は、この人達がこれを魔獣の卵だって、認識しているかどうかよね。
「あの……冒険者の皆様。いきなり失礼かとは存じますが、そのテーブルの上にある虹色の……」
ちょっと遠慮しつつ、声をかける。
「あ? 何だお嬢ちゃん、これがあんまり綺麗だから、欲しくなっちまったか。まあ無理もねえが、これはやれねえな。こんな珍しい貴石はそう見つかるもんじゃねえ。これを持って城に帰れば、みんな俺に注目、釘付けさ。なあお前ら?」
「そうでございますね」「おっしゃる通りで」「はあぁ……」
ん? 城って何だろ? それに、リーダーはべらんめえ調だけど、話しかけられた仲間の人は最後の女性を除いて、やけに丁寧に答えている。なんかいやな予感がするけど、ここは目的に向かっていくしかないよね。
「いえ、冒険者様。その美しい『石』とおっしゃられているモノは、卵です。それも、コカトリス……石化や毒液を操る、強力な魔獣の卵なのです。お願いです、それを速やかに森へお戻し下さい。コカトリスの親が怒り狂ってこの街に飛び込んでくる前に……どうか」
リーダーを取り囲んでいた男女が、ぎくっとしてリーダーを見る。何かこの気の遣い方、パーティーリーダーに対するものというより、主君に対するもののような気がしてきたわ。
「おい、こら、はいそうですかと素直に渡すとでも、思ってるのか? どうせコレが欲しくなって、うまくだまし取ろうって魂胆だろう。俺達がこれを森に返したとたん、お前らが脇からひょいっと持ち去るって寸法だわな、そうはいかねえってことよ。大体、こんな石みたいに硬い卵が、あるわけないだろってことさ。ほれ、ほれ……」
そう言いながらリーダーは銀のスプーンでコカトリスの卵を手荒く叩く。
「だめです! そんなに乱暴にしては!」
石のように硬いコカトリスの卵があれしきの衝撃で割れるとも思えないが、ヒナの耳にはひどく響くだろう。そして、ヒナに伝わる耳障りな金属性の響きは、そのままコカトリスのお母さんにも聞こえるのだ。粗雑な扱いに怒って、いつ彼女が街に突っ込んで来ないとも限らないのだ。
「お願いです、その中にはコカトリスの子供が……」
「うるせえ!」
リーダーがヒステリックに叫んだ次の瞬間、私は頭に強い衝撃を受けて……意識を失った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
濡れてざらざらした、それでいて柔らかいものが額に触れて動き回る感触で、私は目覚めた。
「ああ、ロッテ様、ようございました……」
私の額……ちょっと左寄りの生え際に舌を這わせていたらしいクララが、ほっとした表情で顔を上げる。ああ、これは例の、魔獣式の治療行為か。
「あれ、私どうやって……あ痛っ!」
起き上がろうとした瞬間、右胸のあたりに鋭い痛みが走って、私は悶絶した。
「ロッテ様! 急に動かれてはいけません、ロッテ様はあの野蛮な男に陶器のジョッキを投げつけられて……その後、お胸を正面から蹴られたのですよ!」
ああ、頭に何か当たったまでは覚えているけど……そうか、この胸の痛みは、蹴られたからなのか。う~ん、かなり痛いわ、肋骨がいってるっぽい。もし私の胸に姉様みたいに豊かな脂肪がついていたら、少しは衝撃が軽くなったかもしれないのにとか、余分なことを考えてしまったわ。
「何か良からぬことを考えておられますね、ロッテ様?」
私と同じく胸部に余分な脂肪が乏しいクララが、ジト目で見つめてくる。何で私の考えてることが、わかったんだろう、不思議だよね。
「……あっ! コカトリスの卵はっ!」
そうだ、卵はどうなったの。危うく本来の目的を忘れるところだったよ。
「ございますよ。ほら、ここに」
クララの指さす先には、籐で編んだバスケットに柔らかい布を敷いて、そこにちょこんと納まっている虹色の石……のような卵。
「ああ、良かった……卵を取り戻したってことは、私が倒れた後、どうなったの?」
「大変でしたわ……怒ったヴィクトルさんがものすごい勢いで突っ込んで、あのいまいましい男を吹っ飛ばしたのです。そしたら、パーティーメンバーみたいな奴らがみんなで反撃してきて……」
「そしたらクララが、あの男の首に刃物を当てて『攻撃したらこいつの命はないわ!』ってやったのさ。お陰でグルヴェイグを抜かずに済んだ」
ヴィクトルがにやっとして答える。よかったわ……魔剣グルヴェイグを抜いたら、まだ人間の剣術に不慣れなヴィクトルだから手加減が出来ないし、必ず死人を出しちゃったでしょうからね。
「それは良かったけど、あの乱暴なリーダーさんは?」
「他のメンバーに助け起こされて、わあわあ騒ぎながら、連れていかれましたわね。王都に一旦帰るとかなんとか言っておりましたが」
ふうん、変なの。そういえばあのリーダーさんは、メンバーを指揮する感じじゃなくて、メンバーにお世話されてるというか、かしずかれている感じだったわね。
「それで、この方が残って、ロッテ様にお詫びがしたいのだそうですわ」
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