第78話 姫騎士様とお友達

「……なるほど、そういうことだったのですか。大変なご苦労をされたのですね」


 予想外に、姫騎士様は私の奇想天外な話を、落ち着いて受け止めてくれた。


 魔獣と意志を通じることが出来る聖女として民の平穏を守っていたこと。しかしロワール王家後継者争いのとばっちりを食って教会から異端扱いされ、聖女の地位を剥奪の上追放、第二王子アルフォンス殿下との婚約も破棄されたこと。狼獣人侍女のクララと逃亡の旅をする過程で、虎獣人のビアンカ、竜人のカミルと出会ったこと。そして子爵領でのあれやこれやの戦いを経て、本物のサーベルタイガーであるヴィクトルも加わり、ようやっとバイエルンまで逃げてきて、これから落ち着き先を探そうとしていること。そして、眼の前にいるイケメン男が、実はそのサーベルタイガーであること。


 普通の人なら思いっきり驚くか、疑いの眼を向けるところだろうけど、この方はあっさりと信じてくれたみたい。おカタい性格みたいだけれど、意外に頭は柔軟なのね。


「というわけで、この国で私達を住まわせてくれそうなところを探そうと思っています。あ、自己紹介遅れまして、私はシャルロッテ……ロッテと呼んでください。ロワールではシャルロット・ド・リモージュと名乗っておりましたが、もう実家からは勘当された身、その名は意味がありませんので」


「あら、お名前をバイエルン風に変えて頂いたのね、嬉しいですわ、ロッテ様。私はアマーリエ・フォン・ハイデルベルグ、ハイデルベルグ侯爵家の次女でございます。マーレとお呼びくださいね」


「はい……マーレ様」


「マーレで」


うっく、マーレ様の眼の圧力がすごいわ……。


「……わかりましたわ、マーレ。そしたら私のことも、ロッテとお呼び捨てくださいね?」


「ええロッテ、仲良く致しましょうね!」


 かくして、バイエルンで最初のお友達は、凛々しい姫騎士様……もといお転婆侯爵令嬢ということになったのだった。う~ん。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「額のケガは不思議な力で治癒したみたいだけど、胸の方は大丈夫じゃないよね? しばらくこの宿で静養すべきよ」


 お友達認定された後は、さっきまでのおカタい対応と打って変わって、すっかりフレンドリーで砕けた調子になった姫騎士マーレ。


 うん、貴女の言う通り、起き上がろうとしただけで強烈に痛いわ。さっき不覚にも一回くしゃみをしてしまったら、もうすっごい激痛が走って、五十を数える間ベッドに突っ伏すしかなかった。


「肋骨がいっちゃった時は、もう自然に治るのを待つしかないからね。女の子なんだし、静かにしていなさい。それに……いろいろロッテとゆっくりお話したいし、ね」


 はい、おっしゃる通りにいたします。


「うん。だけど……マーレは第二王子殿下のところに戻らなくてもいいの?」


 私も遠慮がちにだけど、お友達言葉で応える。


「ああ、私はマルクス殿下の配下じゃないから、いいのよ。私は王太子ルートヴィヒ殿下の直属なの。マルクス殿下があんな調子だから、王室の信頼を落とすようなことをやらかさないよう、お目付として同行させられているだけだから、むしろ戻りが遅い方が喜ばれるの。うるさい奴がいないから楽だ、ってね。まあそんなお役目だから、殿下が不祥事をやっちゃったときの後始末を、こうやって押し付けられているわけなんだけどね……」


 なんだ、そういうことなのか。マーレがあの頭の悪そうな王子の部下だったら浮かばれないなあと思ってたから、ほっとしたわ。


「ね、だから、ゆっくりしてね。あなた方の身元は、私が保証するってことで領主とは話を付けてあるし、宿代も一週間分先払いしてあるからね」


 それは嬉しい……けど、何か忘れてるような……?


「あっ、コカトリスの卵、早くお母さんに返さなきゃっ!」


 慌ててベッドから飛び起きようとした私は、また胸の激痛に悶絶することになった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「だから、ロッテ様が行くのは無茶です!」


「だけど、クララお姉さんやビアンカはコカトリスと話せないだろ。そうしたら僕かヴィクトル兄さんが行くことになると思うけど……子供を取られた魔獣の怒りはすごいからね。『オス』の僕達じゃ、コカトリスをちゃんとなだめ切れるか自信ないよ……石にされちゃ、かなわないしなあ」


「確かに、そうですね……魔獣は何よりも家族のことを大切にするものですし……」


 クララが私を思って止めてくれてるのは嬉しいけど、ここは私が行くしかないよね。


「うん、なんとか……行くわ、ヴィクトルに、乗せてもらえば……」


 無理だった。いくらヴィクトルが優しく歩いてくれていても、獣の背に乗れば、必ず縦に揺れる。そのたびに激痛が走るの、これはダメだわ。


 結局、マーレが借りてきてくれた担架に乗せられた哀れな私は、ヴィクトルとカミルの二人に運ばれて、コカトリスの元に向かうことになるのだった。


「あと、どのくらいかしら?」


「ロッテがこの通りだから、ゆっくり進むしかないけど……二十分くらいで着くんじゃないかな?」


 二十分かあ、長いけど、仕方ない。担架に仰向けに寝た私は、おなかにコカトリスの卵をかかえている。一人だけ何もできないから、せめて卵を快適な環境にしてあげないとね。お母さんのところに届けるまで、私がずっと、抱いててあげるからね。


「ん?」


 何か、コンコン硬いものがぶつかる音が、私のおなかの方からする。あれ? これは?


「ヴィクトル! カミル! 止まって!」


 もはやその音は、コンコンというより、ガツガツという感じに変わっている。ああ、これは……ヒナが卵の中で、殻を破ろうとしている音だ。


「ええっ! 待ってよ! なんで今なの?」


「もしやとは思いますが……ロッテ様の魔力がヒナの成長を早めたのでは?」


 慌てまくる私に、クララが遠慮がちにだけど、確信したような表情で見解を示す。えっ、私の魔力って、そんなことにも効いちゃうの? 私、また、やらかしちゃってるの?

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