第74話 どこへ行こう?

「え~っとね。まず第一条件は、大陸公用語が通じる範囲ってことかな。バイエルンまでは通じるけれど、もっと東のアルテラ帝国まで行くと、言語系が全然違うから」


 魔獣ならどこへ行っても意志を通じられるけれど、人間の言語はそうはいかない。アルテラの支配階級ははるか東方から来たりし騎馬民族だとか言われていて、文化も言葉も、全く違うのだ。人と関わらずに生活できるとは思えないから、当面は言葉の通じるところに落ち着きたい。


「それは、理解できますわね。では、とりあえずバイエルン国内で住めそうなところを探して、難しいようならば南方……モンフェラート帝国に向かうということになるでしょうか」


「うんクララ、そうなりそうね。モンフェラートに向かうには私の大嫌いな雪山越えがあるから、できればバイエルンで見つけたいけどね」


 みんなここまでは納得したみたいで、一様にうなずいている。


「それで、第二の条件は……西教会の勢力が及ばないところってことかな」


「確かに、それは絶対条件になりますわね」


 クララが食い気味に同意してくれる。


 大陸の教会は、大昔の何やら難しいいざこざで、東と西の教会に分裂している。両者の崇める最高神は同じ、教典も同じ……だけど教えに対する解釈がかなり違うのだ。例えば、西の聖職者は妻帯しないけれど東では聖職者も結婚できるとか、西教会では神像を造ることが禁じられているけど東では普通に飾られている、とかね。そして東教会と西教会は、現代にいたっても勢力争いを続けている。ロワール王国には西教会の本部があって、王室も貴族も平民も西教会一色……つまり私達を追放しあまつさえ暗殺団まで送ってきた教会は、西教会だ。そしてバイエルン王国の国教は東教会だけど、国土の西側にはかなり西教会を信ずる者がいて、西に属する布教所も点在する。


「そうなると、バイエルン国内でも、できるだけ東寄りの地域を目指した方が、安全ということになりそうですわね」


「そうね……西教会の布教所には、ロワールの本部からなんらかの指示が来ていると思った方がいいから、安眠するためには西の布教所がない地域を選びたいわ」


「バイエルンの東半分は東教会ばかりだと聞いていますので、そちらなら良さそうですね」


 クララやビアンカも賛成してくれているし、東寄り地域ってのは、決まりだわね。


「あとは、『人里に近い深い森がある』ってとこかな。やっぱり暗殺は怖いし、万一の時には逃げ込める森が必要よね。だけど結局森の中だけでは人間らしい生活が出来ない、人里で何か買ったりもらったりしないといけないってことを、この逃亡中に思い知っちゃったからね。できるだけ魔獣に拒否感のない小さい村か街を見つけて、私達は近くの森に住んで交流や交易をする、っていうのが理想かな」


「そうですわね。伯爵令嬢にふさわしいとは言わないまでも、年頃のお嬢様として恥ずかしくない生活をロッテ様に送って頂こうとすると、人間と交流を続ける必要がありますわ。でも、そうなるといずれは人づてに噂が伝わって、バイエルンの上層部がロッテ様を拘束しようとする可能性が生まれます。バイエルン自体はロッテ様を敵視していなくても、ロワール側に引き渡すことで恩を売るという、外交カードとして使われる可能性がありますわよね?」


 うん、クララは私の安全に関わることになると俄然、真剣かつ心配症になってくれる。ありがとうクララ。


「そうよね、私もそう思うの。だから、落ち着き先を決めたら、バイエルン王室か東教会にコンタクトを取って、そのいずれかの庇護下に入ることも考えないといけないかもね」


「こちらから、保護を求めるのですか?」


 クララは慎重だ。翡翠の瞳には不安の色が浮かんでいる。


「そう。まず教会だけど……東教会が、西教会の『もと聖女』に好意的である理由はないけれど、不当な理由で宿敵の『西』から追放されてきたことを明らかにすれば、利用価値を認めて受け入れてくれるんじゃないかと思うの」


「あの……東教会には『聖女』が存在しませんから、むしろロッテお姉さんは重宝というか、歓迎されるのではないでしょうか?」


 ビアンカが控えめに口をはさむ。バイエルン育ちの彼女は、東教会に属していたので事情にある程度は詳しい。そういえば、聖女教育の中で、そんなことを聞いたような気がするわ。東教会には神聖魔法使いを組織的に養成するシステムがないので、ロワールで言うところの「聖女」はいないのだ、と。


「そうだよね。妖魔と戦わないといけないのはバイエルンも同様だし、お姉さんのあの神聖魔法を見せたら、欲しくなるだろうね」


 カミルがブラウンの眼をきらっと光らせる。


「そっか、あまり目立つことはしたくないんだけどね。そう言う意味だと、第二の選択肢である王室の庇護を仰ぐのは、もっと気乗りしない面があるの。どうしても『王子に婚約破棄された哀れな令嬢』っていう側面を、強調しないといけなくなるから」


「それやっちゃうと、結構悪目立ちしちゃいそうだね」

「ロッテ様は、アルフォンス王子殿下の名誉を傷付けることは、なさりたくありませんでしょうし……」


 カミルとクララは私の気持ちを理解してくれているみたい。ビアンカもそれを聞いて小さく何度もうなずいているから、わかってくれているだろう。でも、ヴィクトルの表情が何か複雑で、浮かなげだ。


「あら? ヴィクトル、どうしたの?」


「いや、まあ……何でもないよ」


「それならいいけど」


 何でもないと言いつつも、ため息をついているヴィクトル。


「いつも思うけど、お姉さんの鈍感っていうか天然ていうか……ある意味残酷だよね」


「仕方ありませんね、これに耐えられる方でないと、ロッテ様とお付き合いする資格がありませんから」


 あれ、また私、ディスられてる?

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