第65話 教会からの刺客(2)
騎士を先頭に、教会旗を堂々掲げた馬車が、イリアの村に入ってくる。
馬車から真っ先に降りたのは中年の、司教の階位を示す仰々しい法服をまとった目つきの鋭い男性聖職者。魔術師のローブを着けた男女が一人づつその後ろに続き、そして弓を持った素性の悪そうな男が、さっと離れた位置に引いて、こちらを睨む。
村長を先頭に、村人たちが作業の手を止め、わらわらと出迎える。
「これは司教様、このような辺境においでになるとは有難いことでございます。して、この開拓村にいかなご用向きで?」
「異端の罪で追放されたはずの元聖女が、このモルトー子爵領に出没しているという。さらに、当村に潜伏しているとの情報を領都にて得て居る。魔狼とサーベルタイガーを従えた黒髪の娘であるが、知っておるか? 隠し立てはためにならぬぞ」
「ああ、『黒髪の聖女』様は確かに当村の近くにおられるようですな。ただ、あの方たちは村に滞在されず、森の中で暮らされておりまして。あちらから訪ねて来られなければ、お会いできぬのでございます」
このトークは、事前に村長さんと打ち合わせ済みだ。微妙に本当じゃない部分もあるけど、嘘はついてない。下手に隠して村の人を拷問でもされたらかなわないので、基本的には抵抗せず、柔らかく受け流すしかないよね。
「うむ、ならばやむを得なかろう。しばらく滞在するゆえ、宿舎と食事の用意をせよ。それから、わかっておろうな。若い娘に祝福を授けるゆえ、ふむ、五人ほど差し出すよう」
そ、それは。「祝福を授ける」って、ベッドで「祝福」するのよねきっと。王都教会の上層部は腐っていると聞いていたけど、ここまでとは思わなかったわ。
「ほ、うむ、そこの女、儂が祝福を授けてやろう、こっちへ来い」
よりによって、エロ司教が眼を付けたのは、リディさんだった。確かに、村の中で一番綺麗だし、緑の髪は、とっても目立つのだもの。
「いや……いやです、私は……」
「ふふ……この国に住まうものに、教会に逆らう権利があると思うのか? 大人しくせよ」
リディさんの手首をがっしりと掴むエロ司教。ヴィクトル達が私に目配せを送ってくるけど、まだ突っ込むタイミングではないわ。
「お願いでございます、御許しを。娘には想う若者がおりますゆえ……」
リディさんを守るように「お父ちゃん」が出てきた時、司教の顔色が一変した。
「むっ、リザードマン! 獣人の分際で儂に近づくではない! ふんっ!」
エロ司教は持っていた聖職者の杖で「お父ちゃん」の額を打った。トカゲの皮膚もさすがに割れて、血が吹き出す。
「どうかお許しを……」
「許さん、許さん、獣人めの分際で聖職者に逆らうなど……」
無抵抗で地面に身体を丸める「お父ちゃん」に、司教が二回三回と杖を振り下ろす。このまま続けさせるわけにはいかない、まだちょっと早いけど、行くしかないわ。
「ビアンカ! 行きなさい!」
私の声を待ちきれなかったかのように、サーベルタイガーの姿をとったビアンカが飛び出して、エロ司教に体当たりして吹っ飛ばす。みんなが一瞬司教に気を取られた隙に、魔狼に変化したクララが素早く魔法使いに突進し、一人の首筋に鋭い牙を立てた。
だけど、敵もさるものだった。二人の騎士が素早く残った女魔法使いの壁になり、弓使いをバックにきちんと布陣を敷く。エロ司教の救出にこだわらず、要である魔法使いを守ることを優先する戦術眼はさすがね。つまりこの集団は本気で私達を殺すために編成されていて、司教はおまけなんだ。司教に注意を集めている間にクララが魔法使い二人を片づける構想だったけれど、残念ながら当てが外れてしまったわ。
「……魔力の蔦よ、正しからざる者を縛れ!」
騎士の壁に守られた女魔法使いの詠唱が完成すると、虎姿のビアンカの全身に緑色に光る紐のようなものが浮き出て、まさに網でもかぶせたかのように動きを封じた。すかさず弓使いがビアンカに向かって弓を引き絞り、妖しく光る矢を放つ。
(危ないっ!)
クララが彼女を守ろうと飛び出して……そして自らの肩にその矢を受けた。
「クララっ!」
私はもう我慢できずに、ビアンカとクララの前に飛び出した。人型のヴィクトルがさらに私の前に立って守ってくれてる。
「やっと本尊がでてきたというわけだな、やれ、デジレ!」
「……雷よ、悪しきものを打ち砕け!」
騎士が命ずると同時に、デジレと呼ばれた女魔法使いの詠唱が完成した。天から一条の雷光が無防備な私達の上に落ちて……。
でも、何も起こらなかった。
「なぜっ? 私の雷は魔法抵抗付きの鎧だって打ち抜くのにっ!」
女魔法使いが狂ったように叫ぶけど、もう遅い。
「……雷光よ!」
そう、私もほぼ同時に、聖女の力である「雷光」を準備していたの。姉様から受け継いだ杖のお陰で、ほとんど無詠唱でね。私が杖を振り上げたその瞬間、騎士達の後ろで光とともにドォンというような轟音が響いて……振り向いた騎士たちが見たのは、炭になり果てた「モノ」。そう、さっきまで女魔法使いの姿であったはずの「モノ」ね。
次の瞬間、人型をとっていたヴィクトルが騎士に向かって突進する。緑色に妖しく光る魔剣グルヴェイグを斜めに構えたまま全力で走り、その勢いのまま袈裟懸けに振り下ろす。騎士は自らの剣でその斬撃を受け止めて……いや、受け止めようとしたの。
その騎士の剣はグルヴェイグに触れた瞬間に、まるで木剣でもあるかのようにあっさりと両断された。そして魔剣はそのまま鋼の鎧もろとも、騎士の身体を二つに引き裂いたの。ヴィクトルはもう一人の騎士に襲い掛かって……そこでも一人目と同じ結果が再現されたわ。
残る弓使いは不利を悟って、踵を返して逃げ出そうとする。でもその先には、背丈に見合わぬロングソードを構える少年……というより子供のカミル。
「邪魔だ、どけっ!」
弓使いはショートソードを抜き放ってカミルに向かって突っ込んだ。子供の腕力であの重いロングソードを振ったら、どうやっても剣速は遅くなる。その間隙に懐に飛び込み、ショートソードでグサリ……そう読んだんでしょうね。だけど彼の予想より早く……はるかに早く、弓使いの頭上にロングソードの刀身が落ちてきた。反射的に受け止めようとした剣は弾き飛ばされて……弓使いはまさに頭からお尻まで真っ二つになった。
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