第66話 魔法の矢
ビアンカを拘束していた光の紐は、術者の死に伴って、薄れて消えた。
ヴィクトルとカミルは無傷。リザードマンの「お父ちゃん」がひどくぶたれていたけど、二~三日冷やしていれば、済みそうだ。
だけど問題は、魔法の矢をその身に受けてしまったクララだ。すでに獣化は解け、一糸まとわぬ少女の姿に戻っている。さっきから私が抱き締めているんだけど、身体が徐々に冷たくなっていくんだ。
「お願い、誰かこの矢を抜いてっ!」
私の懇願に、伯爵家の騎士様が難しい顔で首を振る。
「このタイプの魔法矢は、抜き取る時その生命力をごっそりと奪っていくのです。魔狼のお嬢さんがそれに耐えられるかどうか……」
「でも、このままじゃ……」
ダメだ、また私は、泣いてしまう。そんな場合じゃないのに。
「私が……抜きます」
その震える声は、ビアンカだ。
「この矢は、私の身に代わってクララお姉さんが受けたもの。どういう結果になるとしても、私が責任を取るべきものです」
そう言って、その震える手で、魔法矢を掴む。
よし、私も、全力でクララに魔力をあげるよ。もう意識が薄れているクララの唇を割って、舌を絡ませる。もうこれしかできることがないけど……お願い、持ちこたえて。
「ふ……んっ!」
ビアンカが一気に矢を引き抜く。その瞬間、意識を失っていたクララが、私が絡ませていた舌を、思いっきり噛んだ。
「むむむむぅぅ~っ!」
うわっ痛い、これは痛いよ、痛すぎる。三つも数えないうちに、口の中に鉄の味が思いっきり広がるわ。でも我慢だ、噛めるってことはまだ生命力があるって言うこと……そして、私の魔力をあげるのに体液が有効なんだとしたら、唾液より血液をあげた方が、きっとより効くかもしれないし。我慢する、我慢するからお願い……クララを助けて。
どれだけ時間がたったのか私は意識していなかったけど……いつしかクララのざらっとしてしなやかな舌がゆっくりと動き出して、私の舌にまとわりつく血を、少しずつなめとり始めた。うん? これって、大丈夫……なんだよね? 舌の動きがちょっとずつ活動的になっていって……気が付くと口の中一杯だった血の味が全部なくなって、それでもクララのそれは活動をやめないんだ。
そしてやっと、ようやっと……クララの眼が開いて、その翡翠の瞳が、じっと私を見つめて来るの。よかった……その綺麗な瞳をずっと見ていたいけれど、安心して涙があふれてきちゃったから、クララの顔がかすんで見えないの。
「クララ……ビアンカを守ってくれてありがとう。でも、無茶しすぎだよ、心配したんだから……」
「申し訳ありませんロッテ様。でも私達は、もう家族なのですから。獣人は、自分自身より家族を、大切にするものなのですよ」
「うん、うん……」
泣き虫の私は、これ以上言葉にならなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「それにしても、ロッテ様の作戦が当たりましたわね」
「う~ん、結局クララやビアンカを危ない目に遭わせちゃったから、落第点だね」
クララは褒めてくれるけれど、私は素直に喜べない。
その夜は、元気を取り戻したクララ達と、焚火を囲みながら反省会……という名の祝勝会をやっている。エロ司教の馬車から分捕った、かなり上等なワインを頂きながら。あっ、ビアンカとカミルは、リンゴジュースで我慢だよ。
「あの殺し屋たちはよく連携出来ていたし、魔法使いも凄い術を持ってたし、弓使いに至っては魔法矢まで使ってきた……相当高レベルの冒険者か、軍隊関係の奴だと思うよ。あれに勝ったのはやっぱり、ロッテの策が優れていたんだと思うけどな」
まだ人型のままでいるヴィクトルがストレートに褒めてくれる。うん、ちょっと嬉しい。
「でも、どうやってあんなに複雑な組み立てを考えつかれたのですか?」
「うん、僕もそこを聞きたいよ」
ワインを上品に飲むクララと、リンゴジュースで我慢のカミルにかぶせるように疑問をぶつけられて……少しは解説しないといけないかな。
「あのね、教会が暗殺者を送ってくるとしたら、こないだ傭兵や魔剣持ちと戦った時使った戦術は、すべて子爵がペラペラしゃべって知られているはずだから、必ず対策されてくると思ったの。特に、サーベルタイガーのヴィクトルと、魔狼のクララに関しては、何らか活躍を封じる策を準備してくるはずじゃないかって」
「うん、そうかも知れないね」
「だから、サーベルタイガーと魔狼以外……傭兵たちに見せていない力を最大限に利用して、決定機を見出すしかないのかなって思ったのね」
「お姉さん、傭兵たちに見せなかった力って何?」
「えっとね。第一はね、私が人を殺めることができるレベルの神聖魔法を使えること……追放される前は本当に使えなかったからね。敵は、こっちに遠隔攻撃手段がない前提で襲ってきていたでしょう? 私が『雷光』で、かなめの魔法使いを……殺しちゃったから組み立てが崩れたのね」
そうだよね。襲われたから仕方ないとはいえ、私は直接人を殺してしまったんだよね。口にしてみると改めて怖さがよみがえる。もう間違っても「聖女」だなんて、名乗れないわ。
「そうだな、騎士達はあの魔法を見て、ひどく驚いていたよな」
「そして第二は、敵にとって最大の脅威であるヴィクトルの他にサーベルタイガーはいないって思いこんじゃってるってこと。だからビアンカが虎の姿で飛び出して行ったら、敵はビアンカをヴィクトルと誤認して、注意力集中するわ。で、その間に一番怖い魔法使いを倒そう、と考えたわけ。本当は倒し切るつもりだったけど……一人残しちゃって、ビアンカを危ない目に遭わせちゃった」
「それは私が至らなかったからで……」
「ううん、クララは悪くないわ。というより、あいつらが倒れた司教に見向きもしないで、もう一人の魔法使いを全力で守ったのが計算外だったの。司教はほんとうの、道化役だったというわけよ。高位聖職者をあんな使い方するなんて……」
その司教は早々に戦線離脱したため唯一生き残り、拘束されている。だが王都に送っても、せいぜい獣人に杖を振るったという程度の罪だ、獣人差別感情の強いこの国では、ほとんどおとがめなしになるだろう、それが悲しい。
「第三は……これが大きい勝因なのだけれど、こっちに『魔剣持ち』がいるってことを敵が知らなかったことよ。魔剣の持ち主は剣自身が選ぶ……まさかヴィクトルが選ばれたなんて、予想できないでしょうからね。そしてグルヴェイグは特別な魔剣、その切れ味だけではなく、相手から放たれる攻撃魔法を吸収する力があったわよね。だから敵に魔法使いがいても、少なくとも一発は無効化してくれると思って、攻撃魔法を相打ちしたっていうわけなの。魔法使いをつぶしてしまえば、接近戦はヴィクトルに任せておけばいいわけだし、ね」
「なるほど。ロッテはまるで、軍師のようだな」
「そんなにいろいろ考えていたんですね……尊敬しちゃいます」
「ええ……ロッテ様は生命を預けるに不足のないお方。一生、ついて参りますわ」
みんな口々に褒めてくれる。クララに大怪我させちゃったり、初めて人を殺しちゃったりでちょっとブルーだったけど、ちょっと嬉しいよ。
「うん、すごい。だから余計不思議なんだよね。お姉さんってこういう時は冴えてるのに、なんで普段は鈍いんだろう?」
ん? 最後のカミルのコメントがなんか、微妙じゃない?
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