第63話 魔剣グルヴェイグ
うん? 今のはなに? これ、声・・じゃなくて念話よね。
それも、私以外には通じていないみたい? 急にきょろきょろし始めた私を見て、みんな怪訝な顔をしているし。
(ほれ、どこを見ておる。ここじゃここじゃ)
え? あれ? これは? まさか?
そう。どうもこの念話は、ヴィクトルの手にある魔剣グルヴェイグから発せられているらしい。じゃ、魔獣と交わすように念話すれば、同じように通じるのかしら?
(あの、もしかして……貴女がグルヴェイグ?)
(いかにも、妾がグルヴェイグ……この魔剣の、魂じゃな)
うわっ、通じた。うれしいわ。
(あの……今まで貴女の声が聞こえなかったのに、急にわかるようになったのはなぜ?)
(妾の声は、妾が伝えたい相手にしか聞き取れぬ。妾の新しい持ち主……ヴィクトルが、ぜひそなたとも話してくれと言うのでな)
(うれしいわ! 仲良くしましょうね。うん、そして……ヴィクトルを守ってね、お願い)
(守ることまでは約束できんのう。持ち主の生命が終わるときまで共に在るのが魔剣の定めなれば、主を勝利に導く努力は、全力でするがのう)
(あ、さっきの、剣が緑色に光ったあれみたいに? すごい、本当に……すごかったわ)
(う……まあ、あんなことは、朝飯前……じゃな)
ちょっと照れたみたいなニュアンスが可愛いわ。ものすごく齢を経ているはずなんだけど、結構女の子っぽいところがあるのかもね。
(で、先ほどそなたが考えていた三角関係とか二股とかいうのは、どういう意味なのじゃ?)
(だって、貴女は女性の心でヴィクトルを気に入っているわけでしょ。そこに人間の女が現れてヴィクトルと付き合ったり結婚したりしたら、もやもやしちゃったりしないの?)
(ほほほ、そなたは面白いことを言うのう。妾はあくまでも剣じゃ、男と交わることも出来ぬゆえ、そういう意味での男女愛とは無縁。主がつがう相手は、人でも魔獣でも別に見繕ってもらうしかないであろうの。そこに嫉妬するような発想は、妾にはないのう。ただ、主の生命儚くなるその時まで常にその傍にあり、共に戦い続けることが妾の愛であり、誇りと言えるかの)
なるほどね、じゃあ、修羅場にはなんないのね。良かったわ。
(そっか……じゃ、ヴィクトルがお付き合いする人間の女性とも、仲良くしてあげてね!)
(む? だから、仲良くしているつもりじゃが?)
むむ? グルヴェイグの言っていることも、意味不明になってきたわ。
そんなことをつぶやきながら首を傾げていると、クララとビアンカにカミル、そしてヴィクトルまで、奇妙なものを見るような眼を私に向けているのに気付いちゃった。
あれ? もしかして私、おかしな子扱いされてる?
◇◇◇◇◇◇◇◇
「安心致しましたわ。いえ、もう私はてっきりロッテ様が……少し、あの……」
「うん、言いたいことはわかったわ。そうよね、いきなり剣に向かってぶつぶつつぶやきだす娘なんて見たら、普通は頭のネジが何本かトンだって、思っちゃうわよね。でも、クララにそう思われちゃったのは、悲しいな……」
「いえ、あの、大変申し訳なく……すべてはロッテ様を思うあまり……」
わざとらしく悲しい顔なんかしてみる私に、クララがわたわたしていろいろ言い訳するのが面白いけど、からかうのはこの辺でやめておこう。
「うん、何とも思ってないよ。クララが心配するのは、当たり前だから」
今にも泣きそうな顔をしたクララが肩の力を抜くのを見て、少し罪悪感。お詫びにっていうわけじゃないけど、さっきグルヴェイグとお話したことを、皆に説明してあげる。
「まあそんなわけで、グルヴェイグはヴィクトルをそれはそれは愛しているわけだけれど、他の人をお嫁さんにもらうのはオッケーなんですって。良かったわね、ヴィクトル!」
みんな喜ぶかと思ったのだけれど、なぜか微妙な表情をしている。
「ヴィクトル兄さんって、ホントに報われない人だよね」
「お姉さんは天然さが魅力ですけど、ここまで来ると、ちょっと……」
「まあ……これがロッテ様、ということですわね、耐えていただかないと」
これって、ひょっとしてディスられてる? 一番喜ぶかと思ったヴィクトルも、なぜか深いため息をついている。
あれ? 私何か、間違っちゃってる?
◇◇◇◇◇◇◇◇
それから数日間。私達の生活は平和だった。
クララが領都まで行って男物の服をいろいろ調達してきたので、ヴィクトルは昼間人型で過ごすようになった。二足歩行生物の身のこなしに慣れないといけないからとか言って、村で復興作業を手伝っている。急に現れたイケメンに村人たちは最初驚いていたけれど、その正体がヴィクトルだとわかったら、もうどこでも大歓迎なの。村を救った戦いで一番頑張ったのは彼だと、みんなが認めているんだね、嬉しいよ。
ベルフォール伯付きの騎士様は探鉱地の片付けを終えて、一人は本領へ帰り、二人は子爵領の領都を押さえるために赴き、そして一人がこのイリアの村に来てくれた。探鉱地の労働者は給金が前払いで、山師の「お父ちゃん」の見立てがネガティヴだったこともあって、騒がず素直に撤収してくれたらしいわ。とにかくあそこの金鉱が注目されるのはマズいから、ひとまずは安心。よその土地で法螺を吹く人が混じっていないことを願うだけね。
ヴィクトルとカミルは、村に来て下さった騎士様から剣術を習っているらしいけど……いいことだわ。確かに二人とも腕力は人間のものではないけれど、剣の扱いについてはずぶの素人、きちんと基礎を学ぶべきね。ベルフォール領の騎士様は伯爵様の私兵だけれど、きちんと本格的な軍隊訓練を受けた方々だし、厳しく教えてくださっているらしいわ。ヴィクトルの訓練を覗きに行きたいけれど、「殿方というのは、カッコ悪い姿を女の子に見られたくないものですよ」とクララに禁じられてしまった。ようは、上達してから見てあげなさい、ということみたいね。
だけど、私には秘密の手段がある、お友達に聞けばいいんだよ。
(ねえグルヴェイグ、ヴィクトルの訓練、見てるんでしょ。どうなの?)
(ほほほ、やはり気になるかの。まあ、基本に忠実にやっておるがの……驚くほど筋は良いぞよ。騎士が教えたことを一回で確実に、身に付けておるようじゃ。主様……ヴィクトルの反射神経は人間と比較にならぬほど研ぎ澄まされておるゆえな、基礎さえできてしまえば妾の力も合わせて、無敵の剣士になるじゃろう)
(カミルは?)
(ああ、少年も才能は素晴らしいの)
(あれ、それだけ? 反応うっすい!)
(妾は、我が主にしか興味がないのじゃ。そなたの興味も、主様のことの方に向いておるのじゃろ。そなたの問いは「ヴィクトルの訓練はどうなの?」じゃったからの)
あれ、そうだったかしら。私って、そんなにヴィクトルばっかり見てたっけ? う~ん、だって、あんな印象的な容貌なんですもの、女の子だったらつい見つめちゃうのは無理のないことでしょ。うん、そうに違いないわ。
(自覚の足らぬおなごじゃの、そなたは……)
何か上から目線の念話がグルヴェイグから伝わってきて、ちょっとむっとする私。でもまあ、仕方ないか……きっと彼女は数百年「女の子」してるはずだし、経験値では勝てるわけないよね、うん。
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