第62話 ヴィクトルの人化


 動機については話がかみ合わなかったけど、まずは人化を、試してみることにした。


 たっぷりソファ扱いして魔力をあげているから、魔力量の問題はないはずよね。人化する才能はあるはずと族長さんも太鼓判を押していたし、あとは気合よね。


(うん、準備は……ロッテ、ちょっと舌を出してくれないかな?)


「ん? どうして舌? ま、いいんだけど……はい」


 訳がわからないままにちょこっと突き出した私の舌を、虎の長い舌が、べろんとなめた。


「ひゃっ! なんなのヴィクトル!」


(最後の魔力充填さ。ありがとうロッテ、じゃ、やるからね)


 ヴィクトルの眼が一瞬妖しく光って、そして閉じられた。私達が固唾をのんで見守るなか、ゆっくり……本当にゆっくりと、つやつやのもふもふが消えていって……三十くらい数えた頃、そこには二十代後半くらいに見える、大柄の男性がいた。


 レイモンド姉様と同じように濃色の金を基調としているけど、黒いメッシュの入った不思議な髪。同じく金色の、引き寄せられそうに印象的な瞳。すっきり細い鼻と、強い意志を感じさせる唇、そして芸術作品みたいに綺麗なあごの線……うわあ、こんな綺麗な顔の男性がいるんだな。アルフォンス様もイケメンだったけれど、残す印象という意味では、こちらの方が強烈。忘れられない容貌って、こういうものなのよね。


 そして、その身体は鍛え上げられた筋肉でよろわれている。ムキムキではなく適度に細いのだけれど、力強さが伝わってくる……実用的な筋肉、とでも言えばいいのかしら。そして、全身の皮膚はロワールの人間とは違って、薄い褐色を帯びている。それが余計に、たくましさを感じさせるわね……とっても素敵。


「ねえロッテ、俺の人型を熱く見つめてくれるのは嬉しいんだけど、そこまで熱心に観察されると……」


 初めて聞くヴィクトルの声で、はっと気が付いた。私は、一糸まとわぬ男性の裸身を穴が開くほどじろじろ見つめていて……当然、男性にしかないものも含めて……。


「いやあぁぁぁ!」


「おい、ロッテ、俺は何もしてないけど……」


 私の叫びが、静かな夜の森に響き渡った。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「まず最初に、ヴィクトルさんの服を手配しないといけませんね。カミルとは二回りくらいサイズが違いますから」


 大さわぎしたあげく何も出来ない私と違って、頬を染めながらもてきぱきとヴィクトルの採寸を済ませて、とりあえず腰に巻く布を用意してくれた、デキる侍女のクララ。


 ヴィクトルは私にバイ菌扱いされたのがショックだったみたいで、腰布をまとっただけの姿で、背を丸めて小さくなっている。


「そんなに、俺の人型は、気持ち悪かったか?」


 これはヤバい。フォローしないと、ヴィクトルがいじけちゃう。


「いや、ううん……違うの、ごめん。ヴィクトルの人型は、思わず見とれちゃうくらい素敵で綺麗な男性だよ。ただね、男性的過ぎて、ちょっとびっくりしちゃったっていうか……」


「そうですね、ロッテ様は箱入りですから、成人男性の身体なんてものは彫刻や絵画でしかご覧になったことがないですので。ヴィクトルさんが悪いわけではありませんよ」


 うん、直接的な表現は恥ずかしいからモゴモゴしてしまった私だけど、クララがナイスフォローを入れてくれた。ヴィクトルも私が「素敵」と言ったあたりから、少し機嫌が直ったみたい。


「で、でね、ほら、せっかく人型になったんだから、大好きなグルヴェイグをちょっと触ってみたら?」


 もうこれ以上ヴィクトルの身体に関わる話を続けるのは恥ずかしすぎる。なので、本来の目的である魔剣に彼の意識を向けるしかないと、必死な私。


「あ……うん、せっかくだから、試してみる」


 若干気乗りしなそうな風情だけど、すっと立ち上がってグルヴェイグを鞘から抜いて、両手持ちで身体の正面に構えるヴィクトル。


「うん、そうか……こうやって?」


 何か独り言みたいに聞こえるけど、おそらく彼にしか声が伝わらない魔剣グルヴェイグと対話しているのだろう。グルヴェイグがヴィクトルに、なにか指南しているような感じ。


 その時不意に、グルヴェイグが緑色のオーラをまとい、輝き始めた。


「おおっ?」「まあっ!」「すげぇ!」


 私達が驚きの声を上げる間に、ヴィクトルは何かに誘われるように近くの樹に近づいて、グルヴェイグを斜めに一閃した。見た目には何も起こっていないように見えたけど、三つ数えたくらい後にその幹が斜めにすぅっとずれて……大木は音をたてて倒れた。え? この樹って、大人の一抱えくらいの太さがあるんだけど?


「何が、起こったの?」


「うん、グルヴェイグが要求した通りに、俺の魔力を剣に注ぎ込んでみたんだ。そしたらこんな斬れ味になって……これは、すごいなあ」


 感心したように刀身を見つめるヴィクトル。


「さすが魔剣、というところですわね。でも先日の魔剣使いが戦っていたときには、そのような光は見えませんでしたけど?」


「うん、グルヴェイグが言うには、あの男には魔力がほとんど無かったんだって。何か波長が合うんで持ち手として認められていたけど、彼女の力をすべて使いこなせてはいなかった、ってことみたいだね」


 クララの疑問に、さらっと答えるヴィクトルだけど……そうか、グルヴェイグは「彼女」、やっぱり女性の精神を宿した剣なんだ。「彼女」がヴィクトルを気に入ったってことなんだろうなあ。ヴィクトルも相当気に入っているみたいだし、相思相愛的な感じかな。


 あれ? そういえばヴィクトルは人間の女性に憧れているって話じゃなかったっけ。そうなると、三角関係的なアレだったり、二股的なアレだったり、厄介なことにならない? 魔剣と人間で、男の取り合いとか、すっごい修羅場になったりして?


(ほほほ。そなたは面白いことを考えるおなごじゃのう。気に入ったぞよ)


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