第61話 イリアに滞在
その晩、村の主だった方々が、私達と新住民の歓迎会をしてくれたの。ゴブリンの襲撃で亡くなった方が多かったから、これまで戦勝祝いをやっていなかったんで、それも兼ねているらしいのだけれど。
村の男性から一番人気を勝ち取ったのは、クララや私ではなく、リディさんだった。リザードマンと人間のハーフであるリディさんだけど、見た目は完全に人間そのもの。そしてとっても綺麗なの……鮮やかな緑の髪に、優しいブラウンの瞳。クール美少女度ではクララに、ほんわか美少女度ではビアンカに譲っちゃうけれど、遠からず旅立ってしまう私達と違って、リディさんはこの村にずっと住む気満々……つまり「嫁にできる」美女、それも二十代半ばの今すぐ食べごろだ。人気にならない方がおかしいわよね。特に村長の息子さんが一目ぼれしちゃったみたいで、猛烈アタック中。
「うむ、我が息子ながら、手が早いことだ……」
私の隣に座る村長さんは苦笑い。ここは、ちょっとフォローしないといけないかな?
「お似合いかも知れませんよ? 息子さん、たくましくて実直そうで、素敵ですもの」
「あ、まあ……自慢の息子ではあるのだが。あのお嬢さんが、気に入ってくれると良いな」
あら、村長さんは、お嫁さんが獣人の血を引いていても、何の抵抗もないんだな。これはますます良縁だわ、背中を押してあげないと。あとでリディお姉さんをいろいろ、そそのかしちゃおう。
「あのお嬢さんが移住して来てくれて良かった、幸せになってもらわねば。しかし、貴女……『黒髪の聖女』様は、これからどうなさるのかな?」
「あ、この騒動の結末までは見届けるつもりですけれど……その、ロワール王国内にいると、いろいろマズいので。そろそろ隣国へ逃げるつもりですわ」
「そうか、残念だがやむを得ないか。『黒髪の聖女』様にも女性としての幸せを掴んで頂きたいところだが」
「ふふっ。私は当分、そっちの幸せはおあずけみたいですね。今は、頼れるナイト様達と一緒ですから、男性は必要ないかなと」
「なるほど、あの少年と侍女……そしてサーベルタイガーか。素晴らしい騎士達だね。吟遊詩人の叙事詩では、しばしば姫と騎士は恋に落ちてしまうものだが……」
う~ん、村長さんのコメントも、意味不明だわね。
◇◇◇◇◇◇◇◇
私達は結局、しばらく村に滞在することになった。
なにしろ、子爵領の人間たちとサーベルタイガーの盟約を確認しないと、族長様からお願いされたミッションは完成しないわけよね。だから少なくとも伯爵様や姉様が王都で運動している、子爵領をベルフォール伯爵家の保護領とする作戦の成否を確認する必要があるわ。そしてその後それぞれの村と、虎の一族との契約に立ち会わないといけないわけで……結構時間がかかりそう。
まあ、それほど急いで逃げる必要はなさそうだと、私も腹をくくっている。子爵が王都で「異端聖女を見た!」と騒いだら、教会から追手がかかる可能性はあるけれど……ここは辺境、領都からは森の中の一本道しかなく、おかしな人たちが来たとしたら、気が付きやすい。いざとなったら、ヴィクトルと一緒に深い森の中に逃げ込んでしまえば、追いかけては来られないだろうし。
さすがに村内で泊まるのは何かと無防備なので、私達は夜になると森に入って野営して、昼間は村で過ごすというサイクルで生活することにしたの。
「これはなかなか、楽しいですわね」
「うん、キャンプ気分が十分味わえて、不足するものはすぐ村で調達出来るしね」
クララの言うとおり、これはなかなか楽しい。ここに着く途中みたいに旅を続けながら野営するのも楽しかったけれど、数日も続けると野菜やパンなんかが必ず不足してしまうのだ。補給が十分利く人里の近くでキャンプって、ストレスがなくて、いいわあ。
夜は焚火を囲んで、暖かいお食事のあと、お茶を飲みながらのんびりお話をするの。カミルやビアンカは物心ついた時からもう人里離れた場所で奴隷としての教育生活だったから、私やクララが語る王都の暮らしやにぎわいには、とても興味があるらしいのよね。
お話をしているときは、私とビアンカが、ヴィクトルのおなかを高級ソファとして使わせてもらっている。毛足が長くて柔らかくて、そしてあったかくって……最高なの。ヴィクトルもそうしていれば私の魔力が受けられるし、ビアンカも気に入ってるしで、ソファ扱いも満更ではなさそう。
そしてヴィクトルは、私達の話が理解できるレベルまで、人語をマスターしてきたの。もちろん、声がうまく出せないから、意思表示は私かカミルに念話を送るしか、できないのだけれど。そんなヴィクトルが、一つの決心を焚火の前で宣言した。
(俺、人化を試してみようと思う。そして、普段人間の姿で生活できるようになりたいんだ)
「人の姿で暮らすの? なんで? ヴィクトルは虎の姿がかっこいいし綺麗だし、もふもふも気持ちいいのに……」
私のレスポンスに、なぜかクララやカミルが残念そうな視線を送ってくる。何か間違ったこと、言ったかしら?
「ロッテお姉さんって、鈍いっていうかさ……自分に関係するところになると、かなりポンコツだよね」
「本来なら、失礼なことを言ってはいけませんと叱るべきところですが……残念ながら私もカミルと同意見ですわ」
むっ、責められている感じ。カミルとクララはともかく、優しいビアンカは私を非難したりしないわよね。そう思ってビアンカを見ると、困った顔をしている。
「あの……もう少しヴィクトルお兄さんの気持ちを、聞いてみたらと思うんですけど」
「うん。ねえヴィクトル、何で人型になろうって思ったの?」
(そうだね……いろいろ理由はあるんだけれど、君を守るには人型になってそばにいるのが一番いいと思ったんだ。こんな辺境ならともかく、虎の姿じゃ君の近くにいつもいるってわけには行かないからね)
「そうかなあ、私は虎の姿でも気にしないけどな、素敵じゃない!」
「人間たちが気にするのですっ!」
うぐっ、クララに突っ込まれたわ。まあ、都会に行ったら、一緒には歩けないかもね。
(それにね、魔剣持ちと戦ってわかった。ああいう強力な武器を持つ相手に勝つには、自分も人型になって、魔法が掛かった武器を使わないといけない。そうしないと君を守れないんだ。魔剣グルヴェイグが手に入ったけど、これは人型にならないと、使えないしね)
ん? そうか、ヴィクトルは魔剣を手に入れてすっごく喜んでいたから、それを使うために人型になりたいのかな。そういえば、グルヴェイグって女神様の名前だよね……剣が話しかけて来るって言ってたし、もしかして剣の女神さまを好きになっちゃったのかな?
「うん、わか……ったよヴィクトル。グルヴェイグと仲良しになりたいんだよね。そうか……魔剣との恋なんてとっても珍しいけど、素敵かもね、応援するわ!」
(どうしてそういう話になるんだよ……)
私を除いた一同があきれたような顔をしているけど、なんで?
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