第58話 再び探鉱地へ

 子爵や、捕虜にした傭兵も連れて、探鉱地へ向かう。そう、あえて連れて行く狙いがあるのだ。


「誰だ?」


 誰何した見張りの傭兵が、拘束された子爵達の姿を見て息を飲む。


「子、子爵様……」


「お前たち! こいつらは狼藉者だ、早く私を助けろ! こんな時のために大枚を払っているのだぞ!」


 ここまで来ても、まだモルトー子爵は往生際悪く騒いでいる。


「私はベルフォール伯セドリックである。そして後方にいらっしゃる方が首席聖女にしてリモージュ伯爵令嬢、レイモンド様だ。子爵はそなたらの同僚たる傭兵を語らって我々を襲い、殺さんとしたため、こうやって逮捕したというわけだ。おそらく王都で、極刑が待っているであろうな。そなたらはこ奴らの仲間とはいえ、まだ罪を犯した証拠までは無い。ここで投降するなら危害は加えぬが、いかがする?」


「魔剣持ちのシメオンが向かったというのにか……信じられぬ」


 伯爵様の通告を疑う傭兵の視線が、ヴィクトルの背にくくりつけられた例の魔剣に釘付けになる。そうなの、村で革やら布やら材料を借りて、ヴィクトルの背中に剣をぶら下げられるように、ベルトを作ったのよね。結局やったのはクララなんだけど。


「あ、あれはまさしくシメオンの佩く魔剣グルヴェイグ……うむ、やむを得ん、投降する。我々だけで敵うとは思えぬからな」


「お、お前たち、卑怯者! 私の払ったカネは……」


 傭兵達は武器を捨てた。ほとんどの兵力が私達を襲うために出撃して全滅させられ、しかもおそらく最終兵器であっただろう魔剣持ちも倒されたとなれば……そうするしかないでしょうね。子爵はまだ何やら吠えているのだけれど、ここは無視無視。


 探鉱地の中心に造られた広場には、異常を聞きつけ作業の手を止めた掘削員や精錬員が集まっていた。雇い主である子爵が捕らわれていることに驚く者はいるが、あえて助けようとする者はいない。


 がやがやと騒ぐ作業員の中から、見知った顔……リザードマンの「お父ちゃん」と、リディさんという緑のお姉さんが、姿を見せた。「お父ちゃん」は、子爵の姿を見るなり真っ直ぐ駆け寄って、あのしゃがれた声で言うの。


「子爵様、この金鉱はダメじゃ。ほんの一年ほど掘ったら、採算が取れなくなる」


「何だと? お前が鉱石を見て、高品位のものだと太鼓判を押したのではないかっ!」


「山の表面から採れた鉱石が、高品位じゃったことは間違いない。じゃが、山の内部に行くほど質が下がっていくことが、掘り進めてようやくわかったんじゃよ。今やっている露天堀りならなんとかなるが、ここから先を掘るには、坑道の落盤防止などにカネがたっぷりかかるわい。この程度の品位では、赤字になるぞよ?」


「う、ぐぐっ……」


 乾坤一擲の思いで投資した金鉱が、ハズレクジだと通告された子爵はしばらく宙を見上げ、呆然としていた。


「うむ、そういうことであれば、残念だが探鉱を中止して、ここは放棄するしかないであろうな。我がベルフォール家もカネにならない鉱山を引き受ける気はない。作業員の皆さんには申し訳ないが、探鉱基地の撤収準備に入ってもらえるだろうか?」


 伯爵様が、何も知らないような涼しいお顔をして下された結論に、打ちひしがれてる子爵を含め、誰も異存をはさまなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「ロッテちゃん! 元気だったのねっ!」


 リザードマンの娘とは思えない、とっても綺麗な「緑のお姉さん」リディさんが、私をぎゅうぎゅう抱き締める。向こうでは「お父ちゃん」が何やら怪しいお酒を飲みながら、トカゲの口を開いてしゃがれ声で笑っている。


 撤収すると言ってもこれだけ大規模になった開発基地だから、片付け手順の打ち合わせだけでもとっても時間がかかって……その晩は、全員探鉱地で夜を過ごすことにした。


 もちろんみんな野営をするのだけれど、私と姉様、そしてクララは「お父ちゃん」の小屋に招かれ、とっても質素だけど心のこもったもてなしを受けている。カミルとビアンカ、そしてヴィクトルは伯爵様から何かご馳走になっているみたい。作業員さん達も、撤収解散が決まったことですっきりしたらしく、あちこちで貯蔵していた食糧やお酒を開けては、焚火を囲んでわいわい騒ぐ声が聞こえてくる。


「本当に、ロッテちゃんのお陰で、お父ちゃんの病が治って……」


「うむ、うむ、もう酒の味が一生わからんのかと思って居ったが……またこうやって楽しく飲めるとは、お嬢さんに感謝じゃな」


 口々にお礼を言ってくれるけど、私もこの人たちに、とっても感謝している。


「今日は、ありがとう。お父さんが、鉱脈に将来性がないと言い切ってくれたから、平和にここを閉めることができるわ」


「ええ、本当にありがとうございます。山師が『採算が取れない』と言った、という事実があれば、王家も隣国バイエルンも、この金鉱に興味を示さないでしょう」


 姉様も王都へどう報告するかで悩んでいただけに、ホッとした様子ね。子爵も作業員達も優秀な山師である「お父ちゃん」の見立てを信じているみたいだし。


「ごめんなさいお父さん、山師として、仕事へのプライドもあったでしょうに……」


「いやお嬢さん、もう山師はたくさんじゃ。山師をやっていればどうしても、身体に鉱毒が溜まっていくものじゃ。儂はともかく、リディやその子にまで、同じような苦労をさせるわけにはいかんからのう」


「あれ、お父ちゃん、じゃあ私達、山師をやめたら何やって暮らしていけばいいの?」


 リディさんが驚いている。


「リザードマンは地竜の血族。農業でも窯業でも、土の力を感じるなりわいならば、人間よりもうまくできるじゃろう。人間の村が、我々を受け入れてくれれば、じゃがな……」


 ああ、そこが一番心配だよね。ロワール王国って、特に獣人差別感情が強いところだから。でも、今なら絶好のコネが、あるじゃないの。


「あのね、それだったら、この森の開拓村に住まない? 獣人が村を妖魔から守ったばっかりだから、今だったら獣人への拒否感は薄いと思うのだけれど……」


 そう。こないだみんなで守ったイリアの村ならば、獣人に少しは親近感をもってくれるんじゃないかな。そして、私がどうしてもとお願いすれば。


 聖女をやってた時からつくってきた、魔獣と人間の協力関係も発展させたい。でも私には、その先の夢もあるの。獣人が人間と共に隔てなく暮らせる場所を、つくりたいという。クララもビアンカもカミルも、獣人ゆえの差別を、受けてきたのだから。


「ふむ、恩人のお嬢さんが勧めてくれる村であれば、喜んで赴くとしようかの。リディの器量を気に入ってくれる若者が、その村にいてくれると、よいのじゃがのう」


「お父ちゃん!」


 リディさんがその白い頬を真っ赤に染めて「お父ちゃん」のトカゲ頭をひっぱたいた。

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