第57話 魔剣をどうすれば?

「さて、この魔剣、いかようにしたものか・・」


 ベルフォール伯爵様は悩ましげだ。その視線は、首を失った魔剣持ちの右手がまだ執念深く握っている両刃の剣に向いている。


 確かに、こんな危険なものを、放置するわけにはいかないわ。


 この魔剣持ちの傭兵は、それほど技量に優れた者とも見えなかったけど、この剣の力だけで魔獣の双璧たるサーベルタイガーと互角に渡り合ったわけだし。悪しき心を持つ者に、こんな強い力を内包する剣を、絶対渡してはならないわよね。


 しかし、高位の魔剣は、持ち手を自ら選ぶという。選ばれざる者が触れれば、さっきのビアンカみたいに身体を焼かれることになる。実に、厄介な危険物と言うしかないわけよね。


 姉様を護衛する騎士様の隊長が、勇を鼓して剣に触ると……瞬時にその手が焼けただれ、姉様が慌てて治癒魔法を掛ける羽目になった。首席聖女の護衛に選ばれているのだから、騎士様の中でもかなり上位の実力を持っておられる方のはずなんだけど。そして、伯爵様配下の騎士様が挑戦しても同じ結果が待っていた。


「う~ん、あの傭兵は特に武勇とか人品とかに優れていたとは思えないんだけど、魔剣って、いったい何を基準に持ち主を選んでいるんでしょうね?」


「強い魔剣はそれぞれに個性を持っているそうだからね。強烈な野心を好む剣もあれば、忠義を尊ぶ剣もあるとか。ようは、持ってみないとわからないということのようだ」


 私の疑問に、伯爵様が困り顔をしながら答えて下さるの。おっしゃることは分かるのだけど、そしたら持ち主が見つかるまで、その手に火傷を負う剣士が百人になるか千人になるかわからないってことじゃないの。


(ねえロッテ。みんなあの剣に触れなくて、苦しんでるんだよね? ちょっと俺も、試してみていいかな?)


 不意に、これまで黙っていたヴィクトルが念話を挟んでくる。


「でも、ヴィクトルはこの剣に殺されかけたのよ? 怖くないの?」


(剣はあくまで道具だからさ。剣が俺に悪意を持っているわけではないよね。それにもし火傷したら、またロッテが……なめてくれるよね)


「えっ、あ、それは、するけど……」


 おい、こら。もしかしてヴィクトルは、なめて欲しくてわざわざ火傷をしようとしてるんじゃ、ないよね。


 そんな考えが私の頭の中をぐるぐる回っているうちに、すっと近づいたヴィクトルが、魔剣の剣腹を前脚の肉球で押さえた。うわっ、よりによって火傷したら一番痛そうな場所を……私は見ていられず思わず顔を覆ってしまったけど、苦痛の唸りは聞こえず、代わりに騎士様達からおおっという驚きの声が上がる。


「何ともないのか?」

「この剣は、騎士でなく魔獣を選ぶのか!」


 恐る恐る眼を開けると、ヴィクトルが剣のあちこちを前脚で触って……やがて頬ずりして、しまいには口にくわえる姿が。


(うん、なんかこの剣、俺と気が合うような感じだな。他に誰も引き取り手がいないなら、俺が貰って、いいかな?)


「……ってヴィクトルが言ってるんですけど、いいですか?」


「う、うむ。実に意外だが……他に、選択肢がないのだから、な」


 この場の最高位であるベルフォール伯爵様に、混乱しながらもお伺いを立てる私と、やはり混乱しつつ了承して下さる伯爵様。


「とりあえず、オーケーだって。だけどその剣、あなたどうやって使うの? それくわえて戦うんじゃ、邪魔になるだけって気がするんだけど?」


(うん、そうだね。まあそこは、追々考えようかなと)


 あれ? ヴィクトルってこんなテキトーな考え方する人だっけ? あ、魔獣だから「人」じゃないか。う~ん、なんか魔剣に魅せられちゃって、性格変わった気がするわ。でも、伯爵様のおっしゃる通り、他に選択肢が、ないのも事実。


「仕方ないわ、気を付けてね。あとで何か身体に剣をとめるもの作ってあげるから、しばらくの間は、くわえてなさいな」 


 剣をくわえたままで嬉しそうに頭を振るヴィクトル。剣が欲しくてしようがないなんて、やっぱり男の子ってことなのかしらね。ちょっと可愛いと思ってしまったわ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ひとまず、子爵領の領都で……といってもちょっと大きい村なんだけれど……作戦会議だ。なにしろ今日は、いろんなことがありすぎたからね。


 捕らえた子爵と、捕虜にした傭兵数人は、伯爵様と姉様が王都に連行する。傭兵には、今回のいきさつを語る証人になってもらわないといけないからね。そして子爵は……うん、さすがに極刑は免れないだろうね。妖魔に襲われた村を助けなかったり、伯爵様をだましたってくらいなら領地を失うくらいで済んだはずだけど、伯爵様や首席聖女たる姉様を襲ったことは、明らかな王国への反逆行為、許されるはずもないわ。子爵は第一王子派だから、フランソワ殿下が助け船を出したりしないかなと思ったんだけど……。


「まあ、モルトー子爵は第一王子派の中では、人脈も軍事力もなく、期待されていないからな。あえてかばう者は、誰もいないだろう」


 完全に冷めた目で突き放すのは、伯爵様だ。そうよね、他の貴族が遠ざけるにわか貴族である子爵に対しても、親切にいろいろ付き合ってきたのに、鉱山投資では騙され、あまつさえ殺されかけたわけだから。


 その本人は拘束されて地面に座らされてるけど、ひたすら虚空を見上げて「僕は悪くない……」と繰り返している。いや、十分悪いでしょ。大金持ちのボンボンとして苦労知らずのまま安楽な一生を過ごせばよかったものを……貴族なんて着慣れない服を着ようとするから、こんなことになったんじゃないかな。


 よし、あとは、金鉱の問題だけだね。


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