第55話 子爵の襲撃(2)
「気を付けて! 魔剣持ちがいます! 緑のジャケットを着た男よ!」
姉様が鋭く警告を放つ。そうか、魔剣持ちがいるから、子爵はこんなに強気になっているんだ。
クララやカミルも「魔法付与の剣」を持っているけれど、それはちょっと軽量化するとか切れ味を増すとか、何かの使い勝手を良くしてあるという程度の魔法。一方「魔剣」に掛かっているのは魔法というより一種の呪いだ。剣それ自体が意志を持ち、それが使い手と同期して、通常の魔法付与剣とはケタ違いの威力をもたらす。ヴィクトルの毛皮は柔らかいけれど強靭で、普通の剣を持つ敵では傷つけることすらできないだろうけれど、魔剣持ちなら話は違う。当たれば確実に肉体を切り裂かれ、生命力を奪われてしまう。
(ヴィクトル! 緑服の男が持っているのは魔剣よ、斬られるとあなたでもマズいわ)
(わかった、気を付ける。ありがとうロッテ)
私達は短く念話を交わす。気を付けてとは言ったけれど、私達の中で接近戦最強なのはヴィクトルだ、魔剣持ちに向かい合う相手は、結局彼が務めることになってしまうだろう。ごめん、負担ばかりかけちゃうけど……がんばって。
そして私は、素早く後方にさがる。間違いなくこのメンバーで接近戦最弱なのは私、前線にいたら間違いなく足を引っ張ってしまうから。
「全員、殺せ!」
子爵の叫びで、戦闘が始まった。二方向から敵が迫ってくる。
「この者達に力を与えよ!」
姉様が聖女の力を発動する。騎士様達を光が包んで……彼らは身体の内から湧き上がってくる力に喜びの声を上げ、敵に向かって突撃していく。見たところ接近戦では互角……数では圧倒的に劣るけれど、騎士様の錬度と、姉様が底上げした運動能力と士気でカバーしている感じね。
カミルは、私と姉様のそばにいる。遺跡の戦いで私が殺されかかったことがまだ気になっているみたいで、絶対に離れない意志というか……なにか執着のようなものを感じるのは、気のせいかしら。
時折、傭兵達の後方物陰から射かけて来る弓が、ヴィクトル以外の私達には、かなりの脅威だ。あれを何とかしたいわ。私が目くばせすると、クララが静かに戦線を離脱して……数十秒後には魔狼に変化した姿で、敵の背後に現れていた。
「う、うわぁっ! 狼がっ!」
弓使いは一瞬でクララに噛み殺された。そしてそのまま、クララが後方から敵に襲い掛かる。こっち側にいる魔獣はヴィクトルだけ、という思い込みが崩れ、敵に混乱が拡がる。これは、いけるわ。
騎士様達の戦いは優勢に転じたけど、このまま押し切るために必要な条件は、おそらく他の傭兵とは桁違い違いに格が違うであろう魔剣持ちを、メインの戦いに参加させないことだ。この役割を、ヴィクトルが黙々と果たしていた。
魔剣持ちが騎士様に攻撃しようとしたらその背後を襲い、振り向いてヴィクトルに魔剣を向けると素早く飛び退る。その巨体からは信じられないスピードで動き回るヴィクトルに、魔剣持ちは戸惑っているけれど、この一対一は明らかにヴィクトルに不利だ。だって、彼は魔剣を「受け止める」手段を持たず、「避ける」しかないのだから。
不利を背負いつつも、ヴィクトルは魔剣持ちと互角に渡り合う。そうしているうち騎士様が傭兵を一人、また一人と討ち取っていって……数的優位が明らかに崩れ始めていることに気付いた魔剣持ちが、一転して騎士様でもヴィクトルでもなく、私の方に向かって突っ込んできた。私を守っていたカミルは傭兵と切り結んでいてとっさに対応ができない。
「雷光よ!」
「効かぬな!」
姉様の「雷光」……最高の聖女が放つ電撃が、魔剣にすべて吸収されてしまって、動きを鈍らせることすらできていない。こんな魔法防御力を持つ魔剣なんて、聞いたことない、まさに伝説級だわ。ということは私が聖女の神聖魔法を撃っても、結果は同じということ。
すでに魔剣持ちと私の間に、彼の突進を妨げるものは、何もない。私は聖女の杖を握って構えるけれど、千年樹を鍛えた程度の杖は、魔剣にかかっては一閃で両断されるだけだろう。これは、おそらく……詰んだっぽい。
私が抵抗をあきらめたその時、ヴィクトルが魔剣持ちと私の間に飛び出した。今まで魔剣の切っ先を、ひたすら避けて躱してきた彼が、まったくその刃を避けずに相手に体当たりする。魔剣持ちは吹っ飛んだけれど、あのいまいましい剣を、まだその身から離していない。
そしてヴィクトルは……その首筋に魔剣によるひと突きを受けてしまっていた。傷口からは激しく血が噴き出している。あの傷は深い、まだ倒れてはいないけど……このままでは確実に、死ぬしかない。
「ヴィクトルっ!」
「ふはは。魔獣はいくら強いと言えども、弱点があるのさ。それは自らの命よりも、主となる者の安全を優先することだ。このサーベルタイガーの飼い主は、どうやらそこのお嬢さんだったようだな。それが見抜ければ、勝つことはいとたやすいというわけだ」
勝ち誇ったような魔剣持ちの声が響く。え、そんな……私、ヴィクトルと主従の契約なんか、結んでいないわよ。
(君を命にかけて守ると俺が宣言したのを、聞いていなかったのかいロッテ?)
「えっ、あれ、あれだけで……」
(命をかける相手を決めるには、一言で十分なんだよロッテ。まだ、俺の生命が尽きるまでには時間がありそうだ。それまでにこいつを倒すよ)
ダメ、こんなところヴィクトルを私の盾にしちゃダメだ。何か……何か戦う手段はあるはずよ。そう、何か……。
その時、私の左にいたビアンカが、何かを決心したような視線を私に向けた。念話を使っているわけじゃないから、ひょっとして違うかもしれないけど、ビアンカの言いたいことがわかった気がする。うん、他に方法がないんだから、やるしかないわ。私は姉様から譲られた聖女の杖に、目一杯精神力を注ぎ込んで……。
「ビアンカお願い! 光よっ!」
それは、「聖女の力」のひとつ、補助魔法「光球」。単純にまばゆい光で相手の眼をくらませるだけの、攻撃力ゼロのしょぼい魔法だ。だけど、私の「聖女の力」全てを挙げて放てば、たとえ昼間でも相手の視力をほんの二~三秒の間、奪うことができる。その二~三秒で、ビアンカが「何か」をやってくれるはずだ、「何か」がなんだかは、わからないけど。
視覚が戻った時に私達が見たのは、魔剣持ちの右手に……剣を持つ利き手だけどね……全身でしがみついてほとんどぶら下がったような状態になっているビアンカの姿だった。え? そんなストレートな手段だったの? ビアンカって考え深い良い子のイメージだったけれど……
「ヴィクトルお兄さん、今です!」
「ええい、邪魔くさい小娘、放せ!」
渾身の力で振りほどこうとする魔剣持ちだけど、ビアンカは決して離れない。そう、ビアンカの見た目はほんわか少女だけど、その膂力はサーベルタイガーの血を引いたもの、人間のそれじゃないのだ。
「くそっ、こいつ、死ねっ!」
魔剣持ちがその左の拳をビアンカの横腹に打ち付ける、さすがに呻きが漏れるけれど、決してその手を離さない。腰の短剣に手を伸ばそうとする魔剣持ちだけど……
(させないよ)
次の瞬間、ヴィクトルが魔剣持ちの頭上すれすれを跳び越えた。彼が着地した時、魔剣持ちの頭は、すでに持ち主の胴体から離れていた。
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