第54話 子爵の襲撃(1)

 翌朝出発前に、村の人たちが私達の前にやおら持ってきたのは、おびただしい数の魔石。千個くらいは、あるんじゃないかしら?


 そう、妖魔はみんな魔石を体内に持っている。ようは魔力が凝縮したようなものなんだけど……これは街の人たちが灯りや煮炊きに使う魔道具の動力源になるの。だからいつでも欲しい人はいて、それなりの値段で売れる……ゴブリンの魔石で半フラン、上級ゴブリンのは五フランくらいになるのかな。リモージュ家では私の魔力が無駄に余っていたから、魔石なんか買ったことはないというか、むしろ姉様が売ってたみたいだったけど。


「騎士様や聖女様が討伐してくださったゴブリンの魔石です。是非お持ちになって下さい」


「え? いや、あ、どうすれば……」


「今回の討伐は、聖女ご姉妹の功によるところが極めて大きい。売るにしろ使うにしろ、聖女様達に決めて頂くのがよろしいのではないかな」


 ベルフォール伯爵様が私達に無茶振りする。そんなこと言われたって、私は魔石を必要としていないし、姉様もそうよね。ちらっと姉様の方を見たら、だまって優しくうなずいてくれる。それに勇気づけられて、私は口を開いた。


「あの……この魔石は、村の方々に受け取って欲しいなと思うのです。村は大きな被害を受けましたから、復興のためにおカネが必要でしょうし、亡くなった方のご家族にも援助がいるんじゃないでしょうか。これを売って、そういうものに充てればと……」


「そうですね、私も妹の意見に賛同いたしますわ」


「ほほぅ……さすが聖女というべきか、欲のないことだ。我々も異存はない、この魔石は村長が管理すると良いだろう。一度に売ると子爵に疑われるゆえ、少量ずつ換金するようにな。ふむ、そうなると商人をベルフォール領から差し向けたほうがよいかな」


 あとは、伯爵様がさくさく決めてくれる。さすがだわ。まあ、私達はおカネも十分あるし……こないだ盗賊から奪い取っちゃった、あれだけどね。


(なあロッテ。「魔石」ってそんなに人間にとっては貴重なものなのか?)


「そうね、あれがないと魔道具が使えなくて、街は煙だらけになってしまうから、大きな都市での生活には必需品といえるわね。結構いいおカネになるのよね」


 不思議そうなニュアンスで聞いてくるヴィクトル。なにか言いたいこと、あるのかしら?


(いや、そんなものなら俺達の洞窟に帰れば、何千個とあるよ。それも、ゴブリンの小さい魔石じゃなく、もっと大きい奴がね)


「ええっ、そうなの??」


 ヴィクトルの言うところによると、サーベルタイガーの一族は支配する森に現れる妖魔を常時狩り続けている。当然その妖魔からも魔石が採れるわけで、ゴブリン程度の小さい魔石ならそのまま打ち捨てるのだけど、大きかったり綺麗だったりする魔石は、一応集めていたんだって。本拠地の洞窟には、そんな魔石が数えきれないくらい、あるらしいの。


(この領地の住民が俺達と盟約を結んでくれるのならば、魔石くらい、いくらでもあげるけどな。俺達にとっては、ただ綺麗なだけの石だから)


 あわてて伯爵様と姉様、村長さんも交えて相談する。あくまで子爵の影響を排除した後のことになるけれど、領民にサーベルタイガーから魔石を支給することも、他村の人たちを説得する材料として使うことにしたの。これが実現したら、この貧しい領地での暮らしも、少しは楽になるのではないかしら。


「いやはや、ロッテ嬢のお陰で領地経営の悩みは解決できそうだ。ますます、支配権を子爵から奪うことを急がねばならんな」


 伯爵様があごを撫でながら感心したようにつぶやく。村長さんも興奮して私を褒めてくれる。私自身は銅貨一枚すら出していないんだけど、ね?


◇◇◇◇◇◇◇◇


 イリアの村から領都に戻る道は、両側を森に挟まれて、馬車一台がようやく通れる程度の狭さだ。私達はその道を、急いで戻っているところなの。子爵が余計な妄動を起こす前に、王都に一連のいきさつを伝えねばならないし、問題の金鉱も制圧しないといけないから。


 往路はヴィクトルに乗ってきた私だけど、帰りは伯爵様の馬に同乗させて頂いている。すぐ横を走るヴィクトルは何やら不満気だけれど、考えがあってこうしているのだ。鞍の上で横座りになって、伯爵様の鍛え抜かれた腕に支えられていると、乙女としては何かとドキドキしてしまうのだけど……あくまでこれは、作戦だからね。


 領都に近づくと森が途切れがちになって、やがて視界が開けた。そしたら不意にヴィクトルが私の頭より高く跳躍して……着地した時には、その口に矢を一本くわえていた。おそらく、伯爵様を狙ったものだろう。そして、二方向から武装したやつらが一気に迫ってくる、その数は……三十人くらいか。


「うむ、やはり出たな狼藉者。そして、自らこのような暴挙を行ったらただでは済まないというのに……いよいよ血迷ったか、モルトー子爵」


 そう、左側からきた一団の中央には、子爵本人がショートソードを構えている。彼は伯爵様の弾劾に眼じりを吊り上げ、叫んだ。


「黙れ! お前たちは王都でこの私を讒言を弄しておとしいれ、この領地……私の大事な領地を取り上げるつもりだろう! そうはさせぬ!」


「讒言とはしたり、我々は事実を報告するのみだ。しかし貴殿がたった今為そうとしていることは、領地剥奪程度で済む行為ではない、それをわかっているのか?」


「わかっているともさ。だが、ここでお前たちを皆殺しにしてしまえば、何とでも弁解できるということも、同時にわかっているわけさ。森から来たる魔獣が伯爵と聖女を害したが、我々が死力を尽くして魔獣を討伐し仇を討った、というところかな」


「愚かな。貴殿の私兵では魔獣に敵わぬこと、わかっておろうに……」


「残念ながら、ここにいる者達は、私の兵ではない。一味も二味も違うぞ」


 にやっ、と口角を上げる子爵。私兵でないのなら……あれ、こいつら、見覚えがあるわ。


「この人たち、探鉱地を護衛していた人たちですわ!」


「そうか、傭兵を使って金鉱を守ろうとしていたのだな。しかし傭兵と言えど……」


「気を付けて! 魔剣持ちがいます! 緑のジャケットを着た男よ!」


 伯爵様にかぶせるように、魔力が見える姉様のアルトが響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る