第53話 戦後処理(2)

 基本方針は私の……というか、ヴィクトルとの合作だけど……案で決まった。


 明日から早速、子爵に知られぬように他の村へ使いを出し、今回の顛末をぶっちゃける。そして子爵に統治する資格なきことを説いて、彼が失脚した後の領地経営に、協力を要請する。


「まあ他村の連中も驚きはするだろうが、自治が原則となれば望むところであろうし、受け入れられるのではないかな」


 村長さんが楽観的な見通しを述べれば、


「領内の治安に経費が掛からないのだから、税は軽減できるだろう。その辺も含めて説得材料にしてくれ」


 伯爵様もナイスな助け船を出してくれる。さすがに私からは、税のことを言い出しにくかったのだけれど……そこは人生経験のなせる業ね。本当にありがたいわ。


「そうなると、最後の問題は、あの金鉱だな」


「ですね……」


 伯爵のおっしゃる通りなのだ。探鉱部隊にいた山師の「お父ちゃん」の話によれば、あの鉱脈は、かなり良質であるらしい。子爵を王都で告発するときにこの金鉱の話を避けては通れないであろうし、モルトー領に金鉱ありとの情報が王家や教会に伝わるのは必至よね。


 そうなると王家が欲の皮を突っ張らせて、モルトー領をベルフォール伯保護領にすることを拒む可能性もあるわよね。そして最悪は、隣国バイエルンが金を目当てに支配の手を伸ばしてくること。何しろ「わざわざ攻めて支配する価値がない」というのが、モルトー子爵領最大の武器なんだから、良質の金鉱なんてあったら、マズいわけよね。


「ロッテ嬢は、金鉱労働者が百五十人ほどいると言っていたな。さすがに全員の口をふさぐわけにも行かぬ。頭が痛いことだ」


「思ったより鉱脈の規模が小さくて採算が取れそうにないから撤退する、っていうストーリーを信じてもらえるのが、最高ですけどね」


「ふむ、そうだな。ロッテ嬢の思考は実に本質を突いている。だがそれを実現させるためには、鉱脈の良し悪しを見極める『山師』を探して、味方に付けねばならんが?」


 あら、伯爵様の言いようは、以前アルフォンス様にディスられたことに似ているわ。「シャルロットの提案は本質を突くが、実現できない」ってズバリ斬り込まれちゃったことがあったっけ。そうよね、実現できない策は意味ないわよね。「山師」を見わけて口説くなんて……普通だったら、無理だし。あくまで、普通のケースならば、ね。


「あ、それなら目当てがついていますわ。探鉱隊の『山師』のリザードマンと、ちょっとした縁がありまして……」


 私が鉱山で「お父ちゃん」と仲良くなった話をぶっちゃけると、伯爵様はお手上げポーズをした。


「いやはや参った、黒髪の聖女は問題の核心にいる者を、なぜか意識せずとも引きつけてしまうお方であるらしい。よろしい、そこは任せよう。私と聖女レイモンド様は、王都での工作に万全を期すとしよう。ただ、その前に子爵が何らか邪魔を入れてくるはずだが……」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 伯爵様との打ち合わせを終え、村長さんのおうちに泊めていただく。


 開拓村だから、余分なベッドがそんなにあるわけもなく、私は姉様と一緒に、一つの寝具に潜り込む。


「この間の村で、会うのは最後と思っていたのに……今回の事件はとっても大変だったけれど、もう一度ロッテとこうやって会わせてくれたことだけは、妖魔に感謝しないといけないかもね」


 ラピスラズリの瞳でまっすぐ私の眼を見つめるレイモンド姉様。本当に、姉様のおっしゃる通りかもしれないわ、ゴブリンが出てこなかったら、姉様があんな辺境まで来ることもなかっただろうし。


「姉様が来てくれるの、すごく早かったよね」


「たまたま、隣のシャリュリュー男爵領にいたからね。馬車になんか乗ってられないから、騎士様の馬に二人乗りさせてもらって駆け付けたのだけれど……着いたときはロッテが第一波を全部片づけた後でね、ちょっと遅れちゃった感じ。う~ん、私も乗馬の訓練をしておかないと、いけないかしらね?」


「遅れたなんて、そんな! 姉様がすぐ来てくれたから、第二波が『溢れる』前に、遺跡を封印できたんだよ! ん……でも、姉様の乗馬姿は、いっぺん見てみたいかも」


 姉様は普段、清楚な神官服に身を包んでいる。これはこれで眼福なのだけれど、乗馬ズボンに包まれた姉様のすっと長い脚、革のジャケットをまとった美しい背筋、馬上から見下ろすラピスの瞳と豪奢に色濃い金髪……これは想像しただけで、萌えるわ。その凛々しい姿に、王都の令嬢たちが、大騒ぎしそう。


「ふふっ、がんばるわ。それより、ロッテのお話、聞かせて? こないだ会った時より、なにかすごいお仲間が、増えてない?」


「あ、カミルやヴィクトルのことね……まあ、いろいろあって」


 そして、私はこれまでの……カミルやビアンカとの出会い、そしてサーベルタイガー族長に頼まれて子爵領にのこのこ戻ってきたいきさつなんかを、一生懸命姉様に話したの。まあ、私が寝くたれている間に、クララからも聞いているのでしょうけど……


「へぇ……。獣人に対するロッテの力は知っていたけど、そうやって次々レアな魔獣や獣人を引きつけちゃうロッテって……やっぱりアレよね」


「トラブルばっかり引き寄せちゃってるけど……カミルやビアンカと一緒に生きられることには、神様に感謝してるわ」


「そうね……ヴィクトルさんも、でしょう?」


 なぜか、いたずらっぽい眼になった姉様。


「え? ヴィクトルは、この森のサーベルタイガーの族長になるんだから、この頼まれごとが片付いたら、お別れなんだと思うけど」


「ふ~ん。鈍いのは相変わらずねロッテは……まあいいか、いずれ、気付くでしょうから」


 なによ、姉様の含み笑いは……相変わらず、私を子ども扱いなのね。でも、そうやって無条件に甘やかしてくれるのが、気持ちいいの。


 そして、やっぱりお子様な私は、姉様の体温を感じているうちに、あっさり眠りに落ちてしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る