第52話 戦後処理(1)
私達は、村長さんの家に集まって今後の相談中だ。
一応戦勝お祝い会の形を取っているけれど、村への襲撃第一波で四十五人の死者が出ているから、どんちゃん騒ぎが出来るわけもない。ごく控えめにワインをたしなみつつ、もっと深刻な……今後村がどういう立ち位置をとるか、真剣に話し合っているの。
村からは、村長さんと有力者の人達が十人ほど。領都から来た義勇兵から一人。姉様と騎士様一人、ベルフォール伯爵様と護衛騎士の方がやっぱり一人ずつ。私とヴィクトル、そしてクララ。
カミルとビアンカは、「ここは子供の出るところではないから」と言って、さっさと寝てしまっているの。妙に分別くさい子達なのよね。
「それで? イリア村の方々は、今後もモルトー子爵に仕えるつもりかね? それとも、他の道を選ぶかね?」
話し合いをリードするのは、ベルフォール伯爵様だ。渋く優し気なバリトンがみんなを落ち着かせ、利害を感じさせないフラットな立ち位置で議論を発散させないように、本当にうまくコントロールなされているわ。そして、今後の政治的な処理に関しては、きっとこの方に頼らねばならないでしょうね。
「いや、もう子爵様には、ほとほと愛想がつきました。村への妖魔襲撃を急報した時、子爵がどのようなことを言われたのかも、使いに出た者からつぶさに聞いております。領民を守ることではなく私利をむさぼるに夢中になっている御方、とても心から尽くす気にはなれませんな。しかし……まさにゼロから、森を伐り拓くところから始め、ようやくここまで育てたこの村を捨てて他領へ逃散するのは、あまりにも無念というもの……」
村長さんが、言葉を選びながらも、悩みを吐露する。そうよね、私が来た二年前には、本当に一面の森林だったこの辺りを、こんな短期間で豊かとはいえないまでも食べていける村にしたのですもの。まさに血のにじむ努力っていうものをしたに違いないわ。
そして、聖女である姉様が初めて口を開く。
「領民を守る義務を放棄した子爵に、領主たる資格はないでしょう。このまま彼をその地位に置くことは、領民のみならず、ロワール王国のためになりません。私が事の次第を王家と教会に報告すれば、子爵はその地位を失うと思われますが……そうなると子爵を追ったのちの所領をどうするかという問題が生じます。もともと『領主のなり手がない』地でしたので……」
いつも明晰で歯切れのよい話し方をされる姉様も、今度ばかりはやや困惑気味だ。
「仕方ない、乗りかかった船ということもある。かねて王家から打診されていたように、領地が隣り合うベルフォール家が保護領として管理するしかないか」
そう応じた伯爵様の表情は、苦い。そうよね、ベルフォール伯爵家のご領地は同じく辺境とは言っても、バイエルンへの街道を抱えて商業も盛ん、農作物も王都へ大量に輸出している豊饒な土地。こんな面積ばかりは大きいが森林しかない領地を……それはつまり税収はさっぱりあがらないのに防衛の負担は大きいということ……版図に加えても、費用ばかり増えていいところが何にもない。伯爵様は立派な方だけど、自分の領民でない人を助けるためにそこまでやるのは、厳しいわよね。
話し合いが煮詰まって、沈黙が重くのしかかってきたところで、私の後ろで床に寝そべっていたヴィクトルが、ゆっくり頭をもたげた。
(ねえロッテ。俺は人間の言葉が全部わかるわけではないけど、今彼らが悩んでいることは、ここの領民をどうやって守るかということなんだろう? だったら……)
ヴィクトルの意志が流れ込んでくる。え、そんな、ありえない……わけじゃないか。よく考えれば、これは提案の価値がある。私のアイデアもちょっと混ぜて、考えを整理してから、慎重に口を開く。
「あ、あの……ひとつ、アイデアがあるのですが」
「おお、『黒髪の聖女』様。是非聞かせていただきたいですな」
「ありがとうございます。私の提案は、子爵領全体の治安をサーベルタイガーに一任することです」
「ええっ!!」 「なんと?」 「あり得ぬ!」
驚きと反対の声が上がる。姉様や伯爵様も、声には出さないけど想定外だという表情を浮かべているわ。
「うむ、ロッテ嬢、もう少し詳しく説明をお願いできるだろうか?」
伯爵様がいち早く驚愕から立ち直る、さすがだわ。うん、ここはきちんと説明しないとね。
「え~と……もともと子爵領の森林はサーベルタイガーの統べるところで、人間の領域は、領都をはじめ数ケ所の村だけでした。今でもせいぜい十くらいの村が点在しているだけで、あとは人の手が入っていない森ですわ。ですから、森をサーベルタイガーの手に返すだけで、森から来る妖魔の類はすべて彼らが駆除してくれるでしょう。そして、森に人々が踏み込まないと約束すれば、各村にサーベルタイガーが常駐し、住民を盗賊などから守るとヴィクトルが……ここにいるサーベルタイガーの次期族長が申しています」
「申して……って、さっきからこの虎は口も開けてないじゃないか!」
「うふふ、妹は魔獣と意志を通じることが出来ますのよ。私が保証いたしますわ」
村人のもっともな疑念に、姉様が絶妙のフォローを入れてくれる。タイミングを合わせてヴィクトルが私の膝にその前足を乗せて来るのを見て、村人さん達は驚きつつも、私の言うことを信じてくれたらしい。
「そんじゃあ、俺らの領主様は、そのサーベルタイガー様ってことになるのか??」
そうよね、それはマズいわよね。
「もちろん、領主様は人間でなければ何かと不都合ですよね。ですから、伯爵様にお願いして、ここをベルフォール伯爵家の保護領として頂くのです。実際には、代官様の一人くらい置いて頂ければよいでしょう。領地の防衛はサーベルタイガーに、行政は村の方による自治に任せてしまえば、伯爵様にそれ以上ご負担をおかけすることはありません」
「むむむ……」
村人達からは反対の声が上がらない。私達の提案が想定外過ぎて、まだ考えがまとまらないだけかもしれないけど。あとは、一番迷惑を受けそうな伯爵様がどうお考えになるかよね。
「ロッテ嬢、これは実に斬新なアイデアだ、傾聴に値すると思う。しかし、領地の防衛は妖魔や盗賊に対してだけではないはずだ。隣国……バイエルンと戦になって敵軍が侵攻してきた際には、どうすれば良いのかな?」
うん、当然領主様としては、そこを考えるよね。
「保証まではできませんけれど、御心配には及ばないのではと。この子爵領には深い森があるばかりで、国境を越える重要な街道も、重要な商工業の拠点も、広大な農地もございませんわ。もし戦になった時の敵は、占領してもなんの実益もなく通り抜けるに難儀なこの地ではなく、街道沿いで豊かな街が連なるベルフォール伯爵領に向かうのではありませんか? サーベルタイガーが闊歩する子爵領に攻めて来る可能性は、極めて低いですよ、ね?」
「……ふむ。あの怜悧なアルフォンス殿下が貴女を溺愛していた理由が、わかってきたような気がする。よろしい、ベルフォール家は『黒髪の聖女』の策に乗ろう。領民達が賛成してくれれば、だがな」
「儂も、『黒髪の聖女』様に従おう。この村の者もみな、同じ考えであるはずだ。他村の民を説得することも、任せてもらおう」
伯爵様に続いて、村長様も食いついてきてくれた。そこまで信頼してくれるのが、ちょっと意外だったけど。
「昨日の戦いで我々は、もう完全に死を覚悟して居った。せめて応援が来るまで女子供を守れればと、それだけ念じて必死で勇気を振るい起こしてのう。それでも、波のように押し寄せるゴブリンの群れにもう心が折れかけていたその時に……この可憐なお嬢さんが先頭を切って、気力が尽きるまで聖女の力を惜しげもなく振るって、村を救って下さった。縁もゆかりもない、この小さな開拓村のためにのう。あの時、このお嬢さんが、神が遣わした黒髪の天使に見えたのは、儂だけではなかろうよ」
「俺もだ!」
「私もだ。『黒髪の聖女』様の仰ることなら、何であろうと従うつもりだ」
「母が生き残れたのは聖女のお姉さんのお陰だ。僕も、領内の人たちを説得するよ」
やだ、何でみんな眼を輝かせて、私を泣かせるようなこと言うの。ここは冷静にお話をしないといけないところなのに……じわじわ涙があふれてくる。
「ロッテ様、ここは……泣いてもいいところですよ」
これまで一言も発しなかったクララの声で、私の涙腺の堰は切れてしまった。姉様の頬にも一筋、透明な雫が流れているのを見て、少し安心した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます