第50話 戦い終えて

 あれだけ数的に劣勢の戦いだったのに、死者が出なかったのは驚きよね。


 私の目の前で倒れた騎士様の他に村の義勇兵が二人、瀕死の重傷を負ったのだけれど、姉様が聖女の治癒魔法を使って、なんとか命を取り留めることができたの。あんな大技……ロワール王国では姉様しかできない「封印」を使った直後で、魔力というか精神力も相当減っているはずなのに、死にかけてる人を軽々と救っちゃえるなんて……やっぱり規格外聖女だわね、レイモンド姉様は。


 それ以上に規格外の働きをしてしまった火竜……カミルは、少年の姿に戻っている。


「あ、ありがとう……カミル。竜の姿になると、あんなに強いんだね」


「うん。まだ覚醒してそんなに間がないから、それほど大きな力は振るえないんだけど」


「いやいや、数十体の妖魔を一瞬で焼き尽くすブレスとかって、十分大きな力でしょ!」


 思わず突っ込んでしまう私に、カミルは小首を傾げる。


「成竜から見れば、まだまだだと思うけどな」


 そこまで話したところで、私は今さらのように気付く。カミルは、さんざん刺されたはずでは、傷は? 毒は?


「カミル! ゴブリンにやられた傷は?? あれは毒刃のはずよ!」


「まあ、竜種にゴブリンの毒とか、ほとんど効かないから。でも、人型のときに刺されたから、結構痛かったよね」


「見せてっ!」


 カミルの背中に回ると、そこにはまだ生々しい刺し傷が三ケ所。刺されてからだいぶ経っているのにカミルが平然としているから、毒が効いてないっていうのは、きっと本当なんだろう。だけど、この傷はかなり大きくて、そして深い……「結構痛い」なんてレベルでは、済まないはずだわ。


「ごめん……ごめんカミル。私が上手に戦えなかったから……」


 じわっと涙があふれて来るけど、今は泣いてるときじゃない、傷を癒さないと。カミルに魔獣の血が流れている以上、姉様にお願いするよりも、これは私の義務よね。


 私は、カミルを後ろからぎゅっと包み込んで、出来るだけ早く多く魔力を染み込ませるために、全力でその背中を抱き締めた。そして、いつかと同じように「何か」がものすごい勢いで、私の身体からカミルに流れ込んでいく。いいわ、私の魔力なんて空っぽになってもいいから、カミルを癒して、お願い。


「ロ、ロッテお姉さん、も、もう……いいと思うんだけど」


 五分くらいかしら?経った後、カミルの戸惑ったような声で、私はようやく彼を解放した。あわてて背中の傷を確認する……ああ、見事に痕も残さず消えているわ。


「良かった……本当に良かった……」


 私はもう一回カミルの背中に飛びついて……結局、泣いてしまった。


「いや……あの……お姉さん、背中に、あの、胸が当たって……」


 カミルの言葉に私ははっとして飛び退く。我に返ってみれば、私ってものすごくはしたない真似をしていたわけよね。そして、改めて見ればカミルは全裸で……火竜に変化したときに着ていた服が弾け飛んじゃったんだから、当たり前なんだけど……乙女が決して見てはいけないものなんかが、いろいろ見えてしまっている。


「い、いやぁぁぁぁ!!」


「いや、え、あ、僕は何もしてないし……」


 耳も頬も深紅に染めて神殿の床にうずくまる私と、同じく真っ赤になってキョドるカミル。神殿の地下室には、ようやく緊張が解けた討伐隊メンバーの爆笑が、響き渡ったのだった……笑うこと、ないじゃないの!


◇◇◇◇◇◇◇◇


 私達は、ひとまず開拓村イリアに帰還した。


 ゴブリン第一波来襲で数十人の犠牲者を出してしまった村だけど、早くも村長さんの指揮で復旧に向け動き出していた。たいしたものだわね。


 そして神殿の「溢れ」が聖女によって封印されたことを騎士様や義勇兵さんが告げると、大きな歓声が起こる。


「おお、さすがは首席聖女様!」

「騎士様も命を懸けて戦って下さった!」

「魔獣達が助けてくれねばこの村の防衛もおぼつかなかった。魔獣に感謝せねば……」


 村人たちから次々賞賛が浴びせられる。ヴィクトルたち魔獣の活躍も、きちんと評価してくれたのが、特に嬉しいな。そのヴィクトルはさすがに疲れた様子で、集会場の床にぐてっと横になっている。


「あの……ロッテ様。お疲れとは思うのですが、彼……ヴィクトルさんも、ロッテ様の魔力で、癒して差し上げてはと」


 クララが意外なことを言う。この娘はヴィクトルを警戒していたはずなんだけどな。


「あら? 嫌いなネコ科のヴィクトルに、塩を送るのね?」


「そう、なってしまいますわね。ですが……口惜しいですけど村の戦いでも神殿の戦いでも、接近戦で最も働いたのは、彼ですもの。カミルがロッテ様をお守りし、レイモンドお嬢様が片を付けたのは事実ですけれど、ヴィクトルさんが敵を一手に引き付けていたからこそ、最終的に勝てたのです。彼がいなかったら……」


 うん、こういう率直さが、クララの良いところなんだよね。私はうなずいて、ヴィクトルの傍に座った。


「ヴィクトル、守ってくれて、ありがとう。ね、一緒に寝て……くっついていい?」


(え……も、もちろん……歓迎だが……)


 あれ、ヴィクトルが少し引いちゃってるかも……ちょっと私、大胆過ぎたのかしら。でもとにかく今は、彼を癒したいわ。私は横たわる彼のおなかに背中をくっつけるように潜り込んで、眼をつむった。


「うわぁ……ヴィクトルのおなか、めっちゃ気持ちいいの……」


 そうなのだ。体躯の大きい彼は、そのおなかだけで私の全身をすっぽり包んでくれる。そして、その白い体毛は柔らかくて、しかも毛足がふわっと長くて、まるで最高級の……。


 そう、私は最高級もふもふ寝具に包まれて、ぐっすりと寝入ってしまったのだった。

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