第42話 お父ちゃん
私は、「お父ちゃん」とリディさんに事情を話した。
この森はサーベルタイガーの支配するところであったこと。だけど子爵の望みで開拓村を造ることを認め、代わりにそれ以外の開発をしない契約を結んだこと。だけど子爵が砂金の発見で約束を違え、こうして鉱山開発を始めたこと。私達が子爵に、開発を中止して元の契約を遵守するよう求めようとしていること。
「ふうむ。理はサーベルタイガーの方にあるようじゃが……子爵は今さら降りることはできないであろうなあ」
事情を「お父ちゃん」が詳しく語ってくれた。子爵はすでに探鉱に数百エキユを投じていて、しかもそのほとんどが借金で賄われていること。その借金も「怪しい筋」からのもので、取り立てを確実にするために護衛の名目で「怪しい筋の」傭兵を送り込まれてしまっていること。「お父ちゃん」とリディは鉱脈を探る専門家である「山師」として雇われているが、見立てによるとこの鉱脈は良質で、かなりの金が継続して採れるであろうこと。
「厳しいとは思っていましたが……やはりですか」
「うむ。お嬢さん、いや聖女様に恩返しができれば良かったが、これではの……」
申し訳なさそうに毛のない頭を掻く「お父ちゃん」に、私は告げた。
「ううん、近いうちにお願いに来ると思いますわ、その時はね……」
◇◇◇◇◇◇◇◇
思わぬ寄り道をしてしまった探鉱地を後に、子爵領の領都へ向かう。領都っていっても、せいぜい大きい村といったところなんだけどね。
「で、珍しく真剣に考えていたお姉さんの、子爵への対策は?」
「うん。やっぱ『正攻法』しか思いつかなかったわ」
カミル達を唸らせてやろうといろいろ作戦を考えたけど、結局何も良い案は浮かばなかったわけで、カミルもビアンカも何か残念なものを見る眼で私を見ている。
「『正攻法』っていうと、ヴィクトルお兄さんを連れて子爵邸に乗り込むってこと?」
「うん、きっと、話せばわかるというか……」
自信なさげに答える私、だって、本当に自信ないんだもん。
「ああいうことをなさる方ですから……まともに話してもだめなのでは?」
クララにも突っ込まれる。
「やっぱり、多少脅すしかないと思うよ」
(これについては、俺もそこの竜人少年に賛成だな。あの子爵は、ダメだ)
どうも、みんな意見が一致しているみたい。脅す……かあ。姉様ならともかく、私が脅しても効き目なさそうなんだけど、頑張るしかないかな。
◇◇◇◇◇◇◇◇
二人の少女、二人の子供、そして巨躯を揺らすサーベルタイガー。
そんな珍道中ご一行が子爵邸のある領都に現れると、住民たちはみな最初ぎょっとして、次の瞬間私の黒髪を認めて緊張を緩める。この国では黒髪はとっても珍しいから、二年前に聖女としてここに来た私を、まだみんな覚えてくれているみたいだ。ちょっと嬉しいな。
「聖女様! お久しゅうございますな、こんな辺境にまた御用が?」
「うん、ちょっと問題があってね……」
気さくに話しかけてきた住民のおじさんに、はっきり言ったものかどうか決心つかない私があいまいに答える。
「もしや、あの山師どものことでは?」
なあんだ、住民たちも、知ってるのね。
「うん、そうなの。サーベルタイガーとの盟約を守って、開拓地以外の森には踏み込まないで欲しいと、お願いに来たのだけれど……」
「あの山師ども、なんだか変な奴らなんですよ。金掘り師だけじゃなくて、明らかにガラの悪い傭兵どもが混じってますしね……また、うちの騙されやすい領主様が、うまいことやられちゃたんじゃないかって、俺らも言ってたんですよ……」
「ああ、子爵様は、利用されやすいタイプですからね……」
そうなのだ。モルトー子爵は……正直言って、他人にだまされ、しゃぶりつくされる典型的な「世間知らずのおぼっちゃま」なんだよね。
元々平民で、大商人の家に生まれた方なのだけれど、お祖父様とお父様が二代にわたって築き上げた巨万の富をすべてロワール王室に捧げることで貴族に列せられた・・ようは、爵位をカネで買ったのよね。なんでも、その年の王国予算の三分の一は、子爵からの寄付金で賄われたそうよ。私に言わせれば、そんなにすごい財産があるのだったら窮屈な貴族なんかになるより、そのおカネでのんびりと、面白おかしく暮らすほうがいいと思うんだけど。貴族って、そんなになりたいものなのかなあ。
そんな高額のおカネを貢いで与えられた領地は、辺境ではあったけどものすごく広大だった。子爵は地図を見て小躍りしたそうよ、何しろ公爵領より広かったのですものね。だけど子爵が勇んで領地に来てみたら、その領地のほとんどは森林で、しかもサーベルタイガーが支配する森だった。ほんのちょっとしかない平地に、わずかな領民がやせた畑を耕しているのを見て、彼は絶望したそうよ。街道からも離れているから、商売で稼ぐこともできない。こんなおカネにならない領地だから、名跡を継ごうという貴族も現れず、平民である彼が購うことができたってことに、ようやっと気付いたのね。ようは、彼はロワール国にひっかけられたのだけど……何も王家が嘘をついておカネをむしりとったわけじゃないし、子爵だってその気になれば契約する前に領地を視察するとかできたわけなんだから、これはさすがに自己責任だと思うわ。
そういうわけで、あまりに狭い人間の領域を何とか広げたいと、子爵は聖女だった私に泣きついて、サーベルタイガーから五つの開拓村を森の中に造ることを認めてもらったのよね。それで満足してくれれば、良かったのだけど……
「まずは、子爵にお会いするしかないわね。今はお邸にいらっしゃるわよね?」
「珍しく、おられますな。なんでも、ベルフォール伯爵様が当地視察に見えられたとかで、接待されておられるのでは……」
うん、それが聞ければ、十分だ。見栄っ張りの子爵は、辺境の領地を放り出してやたらと王都に出かけるから、会えるかどうか心配だったんだよね。
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