第41話 リザードマン
夜まで待つのは結構ツラかった。森の中って結構寒いけど、見つかっちゃマズいから、焚火とかできないし。仕方ないから天然ファー毛布のヴィクトルにすりすりして暖まっていたら、クララに怖い顔をされてしまったわ。
探鉱者たちは朝が早いから、火を囲んで食事して、一杯飲んだらすぐ寝てしまう。不寝番を残して作業者たちが自分の小屋やテントに潜り込むのを確認してから、私達はゆっくりと行動を起こした。とは言っても動くのはカミルだけ、さすが身体が小さいだけあって音もなく目当ての小屋に静かに入っていったけど……数十分もの間、出てこない。
「ちょっと、長すぎない? 応援に行かなくて平気かな?」
「きっと大丈夫ですよ、ロッテ様。トラブルになっているのなら、もう騒ぎが起こっているでしょう。ここはカミルを信じましょう、齢に似合わず、落ち着いた子ですから」
焦る私は、クララにたしなめられてしまった、反省。そうよね、任せるって決めたんだもん、信じてあげないといけないよね。でも、長いわあ……
そして、結局一時間ばかり経った後で、ゆっくりと……ものすごくゆっくりと小屋の扉が開いた。そしてカミルと、あの緑色の髪を持つ女性が、リザードマンを両側から支えて出てきた。見張りの眼が気になるところだけれど、ちょうどその瞬間、反対側の森から狼の遠吠えが響いて、見張りはびくっとしながらそちらに注意を向けて……その間に、リザードマンをこちら側の藪に引っ張り込めたの。もちろん吠えた狼の正体は、クララだけど。
「ごめん、遅くなったね」
「すみません、お父ちゃんが感動してなかなか話を聞いてくれなくて。火竜の血を引く方にお会いするなんて、夢のようですから……」
女性が恐縮したように頭を下げる。本当に優し気で綺麗な人だわ。緑の髪をおさげにまとめて、少し目尻の下がった優しそうなブラウンの瞳、色白の肌に、微笑みを浮かべるピンクの唇……おっと、ここは美女を鑑賞している場合じゃ、なかったかな。
「それで、私達の目的については、ご理解いただけていますか?」
「ええ、お父ちゃんを治してくれるってことですよね? ぜひ、お願いしたいですが……」
「お嬢さんたちの気持……ちはありがたいが、みず……がねの毒は、いくら優れた薬師で・・も治せん。これは鉱山で暮ら……す者の宿命だ、儂は、あき……らめておるよ」
初めてリザードマンの「お父ちゃん」が口を開く。しゃがれた声で、うまく呂律が回ってないけど、そのトーンは優しげだ。緑のお姉さんが気づかわし気な視線を向ける。
「すみません、お父ちゃんは頑固なんです。気を悪くしないで下さい」
「いえ、私も治せる自信はないのです。ただ、薬師とは異なる業を身に付けておりますので、試させて頂ければと」
「異なる業とは?」
いぶかしげな「お父ちゃん」に座ってもらって、私はその背中から、ふわんと包むように抱き締める。相手は男性だから、胸の圧力は控えめにと気を付けつつ、だけどね。
「いや、お、これは……あ……る意味極……楽じゃが、これ……が治癒の業な……のか?」
「不快かも知れませんけど、暫く辛抱してくださいね。私の魔力を差し上げたいので」
「魔……力と……お、お? 何か暖か……いものが、お嬢さ……んの身体から染……み込んでく……るようじゃが……」
よし、これならいける。身体から毒を抜くことはできなくても、生命力を強化して症状を軽くすることくらいなら、できるんじゃないかな? 緑のお姉さんの眼にも、期待の色が見えるし、頑張らないと。
そして十分ほど。
「う、うぐっ、おっ……うっ、げぼっ」
不意に「お父ちゃん」が苦しみ始めた。えっ? もしかして私の魔力は、逆効果だったの?
「うぇろえろげろ・・」
何か黒い液を「お父ちゃん」は吐き出し続けている。私はあわてて「お父ちゃん」の背中をさする。やっぱり、ダメだったのかな?
「う、うぇっぷ……ふぅ……」
ひとまず、吐くべき物を全部吐いて、落ち着いたみたいだ。呼吸のペースにも異常はないし、胸の鼓動も乱れていない。ちょっと、びっくりしちゃったけど。
「おぅ?」
「どうしましたか?」
ギョロリと大きなトカゲ眼を一段と大きく開いて、「お父ちゃん」が自分の両手を見つめ、開いたり閉じたりしている。一体、何だろう?
「手が……震えていない。ちゃんと、力が入るわい」
声はしゃがれたままだけど、さっきまで途切れ途切れで呂律がめちゃくちゃだったはずの言葉は明瞭で、力強い。
「気分はどう? お父ちゃん?」
「この十年なかったくらい、頭がすっきりしておるよ。最近はリディの顔もぼやけて見えるようだったのだが、今ははっきり見える。これは……」
「お父ちゃん!」
声を抑えながらも、リディと呼ばれた緑のお姉さんが、リザードマンの「お父ちゃん」の首に抱きついて、涙を流してる。冷静に眺めると、トカゲの首にしなだれかかる美女って……なかなかシュールな光景ではあるんだけどね。
「治せる自信はなかったですけど、効いたみたい、ですね? では、立って歩いてみましょうか?」
「ああ、そうじゃな、よっこいしょ……お、お、これは!」
やったよ。あんなによたよたしていた「お父ちゃん」が、青年みたいにしっかりした足取りで歩いているよ。
「いや、これは……驚いた、真っ直ぐ歩けるわい。お嬢さん……あんたの力は恐るべきものだな、もしやお嬢さんは噂に聞く『聖女』というようなものか?」
「あはっ、確かに『もと聖女』ですわ。でも、今の業は『聖女の力』ではありませんのよ、人間には効きませんから、ね」
「む、『もと聖女』とな……そうであったか。お嬢さんがあの、聖女シャルロット様なのじゃな。異端の罪で追放されたと聞いたが……こんな辺境に見えられたということは、バイエルンへ向かわれるのじゃな」
あれれ、「お父ちゃん」は、私の素性をご存じらしい。ちょっと事情をぶっちゃけ過ぎたかしら。だけどクララやカミルが緊張するのを見て、「お父ちゃん」はトカゲの顔で笑った。
「いやいや、儂はお嬢さんに救われたのじゃ、余計な詮索も通報もせんよ。それより、お礼をせねばならぬ立場じゃな。聖女様、ああ『もと聖女』様か・・何か儂らがして差しあげられることはないかな?」
「それなんですが……」
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