第40話 森の中の探鉱地

 暗い森の中を、腐葉を踏みしめながらヴィクトルが慎重に進んでゆく。


 まず私達は、子爵が盟約を破って開発しているという鉱山を、偵察することにしたのだ。


(そろそろ、山師どもが作業している現場に近づく。気付かれないようにな)


 ヴィクトルの思念を受け取った私が小さい声で言葉にすると、みんながうなずく。だけど、カミルにだけは私の通訳が必要ないみたいなの。魔獣の上位種である竜の特性が目覚めてしまったカミルは……この私が目覚めさせてしまったんだけどね……人型のままでも魔獣と意志を通じることが出来ているみたい。すごいよね。


(ほら、あそこだ・・)


 山師と聞いていたから、ほんの少人数でちまちま探索しているのかと思っていたけど、眼の前に広がる探鉱風景は、かなり大規模だった。


 百人、いや百五十人近く、いるだろう。採掘部隊と精錬部隊に分かれ、それぞれが組織化されているし、武装した護衛らしき人も、三十人以上うろうろしてる。すでに飯場や精錬窯まで建設されているし、これはもう一時的な探鉱というレベルではない。本格的に腰を据えて金を採掘するつもりなんだ。


 幾人もの作業者が岩山を削り、岩を細かく砕いては、窯の中に投入している。


「窯の中にある綺麗な銀色の液は、なんでしょう?」


 クララが初めて見る光景に疑問を持つ……が、私はそれが何かを知っている。


「水銀……みずがね、よ」


「みずがね、ですか?」


 きょとんとしているクララ。まあ、一般の人が知らないのは、当たり前ね。


「そう。岩石の中に入っている少量の金を、溶かし出すことができる液なの。砂金を川で探すよりずっと簡単に、金を得ることが出来るわ……だけど、あれは人間や獣には、毒になるものなの。あれを続けていたら、この森に住む人にも獣にも、取り返しがつかないことになるわ」


「ロッテ様はそんな知識をなぜご存じなのです?」


「うん、『聖女』になるには、薬師や医術の勉強もしないといけなかったからね」


 そうなのだ。特に田舎に行くと、「聖女」は神の力を借りて「病気を治してくれる人」、って思い違いをしている人が多い。そんな人全員に聖女の治癒魔法を使うわけにはいかないけど、民衆の支持を得るためには多少治してあげないといけないわけだから、薬師の知識が必須に近くなる。その修行の中で、鉱山町では水銀の蒸気を吸って病む人が多いと、学んだのだ。


(そうか……禍々しい輝きを持つ液だとは思っていたが、毒であったのか)


「ええ。この森でこれ以上あんな方法で金を掘るのを、やめさせないといけないわ。だけど……あの様子を見ると子爵家は、すでにかなりの鉱山投資をしているはずね。交渉は簡単には行かないかもね……」


 ぶつぶつ小声で口に出しながら、頭の中の考えを整理している私を見て、カミルやビアンカが意外そうな顔をしている。


「カミル、どうしたの?」


「うん、あ、いや……お姉さんも、真面目に考えることがあるんだな、というのが新鮮で」


 カミルの失礼な感想に、ビアンカもうんうんとうなづいているのがとっても不本意だわ。


(ふふ……ロッテはそこまで能天気ではないのだがな、まだ子供には理解できないか。だが、ここで話していたら連中に気付かれる、見るべきものは見たから一旦離れよう)


 ヴィクトルがニヤリとしながら撤退を促し、私達がこっそりと採掘地を後にしようとした時、私の眼に、身体は人間のそれでありながら、頭がトカゲのような姿をした獣人の姿が映った。


「あ、あの人は?」


「うん? あれはリザードマン……トカゲ獣人だね、僕ら竜人から見ると、遠い遠い親戚になるかもね」


 私の驚きに応えてくれたのは、カミルだ。


「リザードマンは地竜の血を引くと言われておりますわ。土や石について深い造詣を持っていて、それを活かして農業や鉱山業に就いていることが多いと聞いております」


 クララもリザードマンを知っているらしく、より詳しく解説してくれる。そうか、石に詳しいから、探鉱隊に加わっているんだね。


「だけど、あの人、すごく体調が悪そうなのよね……」


 そのリザードマンの手は、何やら細かく震えている。しかも、まっすぐ歩くことすらできず、絶えずよろめいている。


「山師、邪魔するんじゃねえ! お前は鉱脈を見ていればいいんだ!」


「お父ちゃん、こっちに来て……」


 他の作業員に怒鳴られているリザードマンを、どこから見ても人間にしか見えない緑の髪の女性が支えて、水飲み場に連れていく。女性の齢は二十代後半くらいかしら? リザードマンを「お父ちゃん」って、まさかあの女性、リザードマンの娘なの?


 その「お父ちゃん」は水場に着いても、木杯を取り落とすわ、何かにつまづいて転ぶわ、散々だ。どう見てもかなり、ヤバい感じがするわ。娘さんらしい緑の髪の女性がいろいろ世話をやいているけれど、おそらくあのままでは、間もなく歩くことすらできなくなる。


「病気……なのですよね?」


 気づかわしげな視線を向けるビアンカ。優しい子だから、他人が苦しんでいるのを見ると、人であれ獣人であれ、放っておけないのだろう。


「うん、多分だけど、長年金掘りに関わって水銀の蒸気を吸っていたから、中毒になっているんだと思うわ。身体の中に悪いものが溜まっているんだよね。姉様ならともかく……私が操る『聖女の力』では、治癒することが難しいの」


「そうですよね……」


 下を向いてしまうビアンカ。ごめん、私も、助けてあげたいけど……。


(ロッテの魔力でなら、治せるんじゃないか?)


 その時ヴィクトルの念話が、頭の中に響く。


「あ、そうか、獣を癒す力を使うっていうことね。身体に長年積もった毒に効くかどうかはわからないけど、可能性はある……かも」


(どうしても治したいなら、他の連中に気付かれないように夜になったら彼を連れ出して、試してみたらどうだろうか?)


 気付かれちゃマズいのに、やけに前向きだわね。あっそうか、ヴィクトルはビアンカをかなり気に入ってるから……望みをかなえてあげたいのね。同じ虎族だし、もう少し大人になったら、彼女にしてあげるのもアリじゃないかな。おっと、今はそういう話じゃないわ。


「連れ出すと言っても、私達みたいに全然知らない人が行っても信用されるかどうか……」


(そうだね、だからカミルを行かせればいい)


「何でカミルなの?」


(リザードマンは気難しいけど、れっきとした竜の血族だからね。竜の眷属は同族のつながりを特に大事にするから、上位種である火竜の血を引くカミルの言うことには、耳を傾けるんじゃないかな?)


 さすが虎族、ライバル竜族のことは、よく知っているわね。あとは、私の魔力が、どこまで通じるか、ってことか。


「うん、わかったわ。やってみようか」




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