第39話 人助けじゃなく虎助け
「それで、『力を借りたいこと』って何でしょうか?」
まだ言いづらそうな風情の族長さん、仕方ないからこっちから水を向けてみる。
「うむ、実はだな、モルトー子爵のことなのじゃが」
「うまくいってないの?」
「そうなのじゃ……」
もしかしてそうかな……とは思ってたけど、やっぱりその件かあ。
この森はサーベルタイガー一族の勢力圏だけど、人間側の分類では一応、ロワール王国の辺境に属する、モルトー子爵領ということになっている。子爵領のほとんどはサーベルタイガーが支配する森林で、わずかな平地に張り付いた農地から上がる収益はわずか。無理して貴族になるために財産を使い果たしたあげく王都に納める税も準備できない状況だった子爵は、魔獣と話が通じる私に泣きついた。森の一部に開拓村を造り、人間たちを移住させて開墾させることを許すようサーベルタイガーと交渉するため、二年ちょっと前に私はこの森に来たんだよね。
理性的な族長さんは、子爵の頼みを受け入れた。見返りは何もないのに、森の中でも水利の良い川沿いに五ケ所の開拓村建設を認めて、木を伐採して畑を拓くことを許したのよね。子爵側に約束させたのはただ一つだけ、開拓村を置いたエリア以外では、木を伐ったり鉱山を掘ったりといった開発行為を行わないこと。子爵はその寛大な条件に喜び、私が代筆した盟約書にサインした……その書面はいま、族長さんの手元にあるわ。森の土壌は腐葉で肥えているし、サーベルタイガーが森を守っているから、妖魔の侵入もなく村の生活は平和。開墾後最初の作付けでは、かなりの収穫が得られたと聞いていたけど……
「子爵は開拓の成果に感謝していたはず、でしたよね?」
「最初は、のう。じゃが、人間の欲というのは果てしのないもののようでの……」
族長さんは眉間にシワを寄せながら続ける。
魔獣と人間の関係が変わる切っ掛けは、開拓村を流れる小川で、一人の子供が綺麗に光る粒を拾って、父親に見せたことだった。それがまぎれもない砂金であると判明したとき、モルトー子爵の感謝と謙虚は、強欲と傲慢に塗り替えられた。彼は王都から山師を呼び寄せ、サーベルタイガーと交わした盟約を堂々と破って砂金の見つかった川の上流を探索させ、源流に近い岩山をやたらと削っては、なにやら怪しい精練作業をするため、木を伐りまくっているという。
「そうか、金鉱が見つかったんだ。貧乏貴族としては、一山当てたくなるわよね……」
「彼らが生活しやすいようにと、水利が得やすい川の近くで開拓を許したのが、却ってあだになってしもうたのじゃが……今さら悔やんでも仕方ないのう」
「それで……族長さんは、どうしたいの?」
「盟約が破られたのじゃから、開拓村を潰しても文句はないわけじゃな。我々の力を振るえば、それはたやすいこと。だが、開拓民の人間には何の罪もないからのう。今のところ我々は、人里に近いところから配下の虎達を撤収させて、様子見をしているところじゃ。できれば、モルトー子爵に金鉱開発を諦めてもらって、今まで通り共生していくことが望みなのじゃがなあ……」
ちょっと疲れた表情でため息をつく族長さん。う~ん、これは何とかしてあげないといけない流れよね。
「そう……それで、モルトー子爵と交渉して山師を引き揚げさせるのが、私の仕事ということになるわけね?」
「お待ちくださいロッテ様っ! ロッテ様は逃亡中なのですよ! 万一子爵に捕らえられたなら、王都に送られて異端審問に掛けられるか、アルフォンス殿下を譲歩させるための手駒として使われることになるのですよ、危険すぎますわ」
顔色を青くしながら私を止めようとするクララの眼は、真剣だ。うん、私だってわかってるわ、さっさとバイエルンに逃げることが、私達にとっては最善だって。
だけどこのままじゃ、子爵と魔獣たちの間で、遠からず戦が起こってしまう。モルトー子爵自体はろくな武力を持っていないから、サーベルタイガー達の力をもってすれば子爵領を滅ぼすことはいとも簡単だろう。だけどその次には、王国が威信をかけて正規軍を送ってくるはず。鋼の武装でよろわれた連隊規模の軍隊が規律をもって攻めてきたら、いくら魔獣といえど、勝つことは難しいだろう。ヴィクトル達一族は死ぬか、バラバラに落ちのびるしかなくなる。
「うん、クララ……ごめん。やっぱり、放っておけないよ。魔獣と人間の交渉を仲介できるのは、私しかいないからね。だからお願い、今回だけはわがままを許して。絶対に捕まらないようにするから……アルフォンス様の足を引っ張るわけにはいかないし、ね」
(すまない、ロッテ。君が捕まるようなことには、絶対にさせない。人里に降りるときには僕がそばを離れない。必ず君を守るから)
ヴィクトルが何やらかっこいいことを念話で伝えてくる。そうか、ヴィクトルが護衛してくれるんなら、安心だわ。
「あの……」
ビアンカが遠慮がちに切り出す。
「私も、お役に立ちたいです。ロッテお姉さんを……守らせて下さい」
「僕だって、もちろん数に入れてくれてるよね。ロッテお姉さんは僕の主だ。竜は主と決めた者のためにその全てを捧げるものだよ」
ヤバい。ビアンカとカミルが泣かせることを言うの。なにこの子たち、可愛くていじらしくて、また涙が出てきちゃったわ。ごめん、泣き虫で。
「仕方ありませんね。私もロッテ様に一生ついていくと誓った身です、ロッテ様はご自身の思いのままに。でも、これが終わったら、バイエルンに向かいますからねっ!」
クララがため息をつきながらも、私のわがままを許してくれた。
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